あるとき高木さん(仮)という、お爺さんが新たに入居した。
ふつうは何日か前から新しい人が入る、などの情報があるものだが、高木さんという方は急遽の受け入れということだった。

 

「高木さんてどんな感じの方ですか?」

 

新しい利用者さんが入ると、その人となりや性格、以前のご職業、トイレ対応のやり方、食事量など、いろいろ情報を知っとくもんである。

 

「んー、すごい礼儀正しい感じの人で、いい人そうな爺さんなんだけど」

「あ、そっすか。それはよかった」

「たださー」

 

部屋の奥で、すやすやと眠っている高木さんの布団をチラリと見て、交代のスタッフさんは静かに言った。

 

「ゴミ屋敷の主人らしいよ」

 

「ゴミ屋敷??……」

 

曰く。

 

高木さんは一軒家に1人で住んでいるのだが、その家は近所でも有名なゴミ屋敷であり、
悪臭やべえと近所からたびたび訴えられ、区の人間が奔走、何かとすったもんだがあった末、か

なり高齢ということでこの施設に辿り着いたのだそうだ。

 

「ちなみに、これ家」

 

と見せてもらった家の写真は、実に異様な様相であった。

 

四方の壁には緑色のツタが絡まり完全にジャングル化し、こち亀の4年に一度しか起きない男・日暮熟睡男を彷彿とさせ、ゴミ屋敷というか、お化け屋敷といった雰囲気。

 

「で中がこれなんだけど。すごくない?」

 

数枚の室内の写真は、いよ、待ってました。紛れもないゴミ屋敷!
床の見える箇所は一切無く、ところせましとビニール袋の塊、弁当ケース、ペットボトル、缶、瓶、雑誌、木材の破片、倒れた家電、などで敷き詰められTVショーになるレベルの内装だ。

 

まあだからといって、ゴミ屋敷に住んでようが、別にこちらが何か困るものでもない。

 

実際、夜中に高木さんをトイレにご案内すると

 

「ありがとうございます。御足労をすいません夜中に」

 

と深々をお辞儀をし、噂にたがわぬ礼儀正しさであった。

 

しかし高木さんの

 

『ゴミ屋敷感』

 

はそのあと随所で垣間見えることに――

 

朝方、テーブルの上に高木さんが使用済ティッシュがくちゃくちゃに丸めて置いてあった。何の気なしにそれをゴミ箱放りこもうと手に取ると
高木さんがぐいーっと顔を近づけてこう言ったのである。

 


「それ、どうしちゃうの?」

 


「え」

 


「どうしちゃうのそれ?」

 


その目はまん丸く見開いてじっとこちらを眺めていた。ホラー感のあるその表情に自分は慌てふためいた。

 

「え、いや、まあ捨てようかと…」「どうして??」「ど、どうしてと言いますと?」「どうして捨てるの?」「だってほら…ゴミ…ですし」「ゴミ?ゴミじゃないよ。まだ使えるよこれ使えるよ、ね?使えるよ」「でも汚れてますし……なんか湿ってますし…」「いいのいいの。もったいない。大丈夫捨てないで。ね?ねねね」

 


根負けした自分が

 

「分かりました……したら高木さんの鞄の中に入れときます…」

 

と言うと「そうして下さい。お願いします」と高木さんの機嫌が戻った。

 

そうして自分は丸めたティッシュを持ち、鞄まで運ぶうフリをして、バレぬようゴミ箱にポイと放った。

 

嘘も方便。仕方がない。

 

またある日の夜中――

 

いつものようにトイレに高木さんを案内し(すぐ忘れてしまい覚えてないため)
オムツを確認してみると湿ってしまっている。そういった場合、オムツは新聞紙に包んで専用のゴミ箱に捨てなければいけない。
「ちょっとこれ脱いでくださいねえー」
と便座に座っている高木さんを促してオムツを脱がし、がさごそやっていると頭上からあのセリフが聞こえた。

 


「それ、どうしちゃうの?」

 


「………」


自分は固まった。……

 


恐れる恐れる顔を上げると、

高木さんが目を見開いてをじーっとこちらを見下ろしていた。

 

「はい……?」「どうしちゃうのそれ?」「……オムツなので」「うん、どうしちゃうの?」「そのう……使ったオムツなので……」「うんうん」「そのお小水とかをね……吸ってますから」

「どうしちゃうの?どうしちゃうの?なんで?捨てちゃうの?」

 

高木さんの前で『捨てる』とか『ゴミ』とかというワードをいうのが、もうちょっと怖い。

 

「……いやまあ、はい!もう使わないものなので」

 

後の流れはティッシュの時と一緒である。
もったいない捨てないでもったいない捨てないで、と懇願する高木さん。
その意図をくみ取り鞄にいれるフリをし、外のゴミ箱に濡れたオムツをガコンと放り込んだ。
っとまあ、こんな調子で、紙屑でもビニールでオムツでも迂闊に捨てると、高木さんの

 

「それ、どうしちゃうの?」

 

が発動。極力、ゴミを捨てる行為を察せられないようにしていた。

 

驚愕したのが、あるときの朝食後である。

 

全員の食事の済んだ皿を下げようとしていると、高木さんの皿を見てびっくり。
綺麗に、インゲンだけが残されていたのである。

の、―― 

 


残すんかい。

 


ゴミ屋敷の主人たるや、食へのもったいない精神も凄まじかろうと思っていたが苦手なものは苦手なようであった。いや、まあ好き嫌いはみんなあるもんね。しょうがないよね。と皿を下げようとすると高木さんがあの顔になった。

 


「それ、どうしちゃうの?」

 


えーーー

 

を8秒ぐらい伸ばして自分は言った。

 

「どうって……え。まだ食べます?」「いやいや。頂きましたよ」「えっとじゃあこれは」「え、どうしちゃうの?」「どうって……もう食べないすよね?」「うん大丈夫です」「じゃあこれはもう」「どうしちゃうの?」「どうしたいんすか!」「だってどうしちゃうの?」

 

不毛な押し問答。

 

頭がこんがらってくる。

 

耐えかねて自分は言った。

 


「じゃ高木さんの鞄に入れときます!」

 


高木さんはほっと安堵したように、そうして下さい、と言った。