最速、写真家の心得−86 | m.s.park's blog

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写真家の心得

青木さんとの撮影は僕にとっていい薬になった。自分の中では技術はスタジオマンを2年もやっていれば、どんな事があっても、ライティングがわかっているから、そこには自信があった。しかし、木っ端微塵に砕けてしまった。多くの優れた写真家のロケ足に出たり、スタジオマンとして現場に入っていても、経験はもちろん、本質がわかっていない事に気づいたのは、嫌な思いをしたけど、ありがたかった。ましてや、「逆光」のコツを掴んだのは本当にラッキーだった。こんな気持ちになったのは、スタジオマン生活1年目を過ぎたあたりでもあった。頭の中では理解しているつもりでも、現場で上手くいかない事は要するに実力と本当の知識が無い事の現れが、結果として現状を表していた。今まで、廚さんの物撮り位しか興味無かった撮影も、自分で物撮りの現場にも積極的に入るようにした。遅すぎる位だったが、今まで気にしていなかった部分や知らなかった事が沢山発見できた。どうしてもモデル撮影の華やかさに気をとられ、いつも現場をどうにかして避けていた自分が、今更になって怠けていたと感じた。同僚のジョン.チャンは初めから物の写真家を目指していたから、一緒に現場に入って、後で「どうして、こんな事するの」とライティングの事を話し込んだ。彼は頭の中が物の世界に成っていて、良くわからない事も言っていたが、わかる部分だけを拾って理解した。僕はスタジオマンになってから写真の事を勉強したのに対して、ジョンはサンタバーバラのアートスクールで写真をしっかり勉強しただけの事はあった。細かい専門用語を使って僕に説明を始めると延々と話し続ける。もちろんそうなると、日本語ではなく、英語になって、僕の知らない単語も沢山出てくるが、そこでまた質問すると、また長くなるので、流れの中で僕なりに理解した。そんな時にも僕の周りの専属家庭教師のように同僚の久保田明人、染瀬直人、大村克巳がわからない事を丁寧に教えてくれた。環境はやはり最高のスタジオだった。写真の事を知らないのは僕だけでみんな写真の知識はしっかりしていて、僕が質問したのにも関わらず、いつの間にかにみんなが激しい討論になってしまって、良く置いてきぼりにされる事もしばしばあった。みんな熱い奴ばかりだった、ザスタジオの連中は、、。