自分の中の嫌な部分にも向き合う | sora-iroiro

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cafeをしながらタロットリーディング等をしています。
ここでは、日々感じたこと、思ったこと、を書きつらねています。
心のおはなし。スピリチュアルっぽいおはなし。cafeの紹介など。
ただただ、気ままに。

たとえば、誰かを「嫌い」というのは、

 

相手が悪い、相手が間違っているからではない。

 

 

感性が合わないとかで、一緒にいることがおもしろくない。とかそういうことだから。

あえて言うなら価値観が違うだけ?

 

 

 

なんなら、

 

価値観の違う世界を、自分の中に入れたくない、

 

自分自身の頑固さ?傲慢さ?とも、いえるのかも。

 

 

 

なので、嫌いなひとを、否定する(相手を悪者とする)ことは、

 

「自分は頑固で、傲慢です。」と、自分に言ってるようなもん。

 

(てか、自分の思い通りにならないことは、イヤだと言ってるわけで。)

 

 

 

 

もちろん、

 

どんな自分も、自分だけは味方でいたいし、自分だけは認めてあげてたいから、

 

自分の感情や価値観を否定する必要もなくて、

 

 

 

そろ~~~と、離れるか、

 

関わらなくてはすまない場合は、不快感(思いの行き違いなど)を感じた後に、「まぁ、いいや。」と、言ってる。

 

その相手の価値観に合わせるわけではなく、同じ空間にいるのだから、その全体の流れに、「まぁ、いいや。」ってこと。

 

それもまた、あり。ってこと。

 

そしたら、その流れの中での自分の処し方が、みえてくるかも。

 

まぁ、わからんままだったとしても、

 

毎度同じ相手に同じように怒りが湧くというストレスは、なくなるかも。

 

 

 

頑固で傲慢な、わたしでーす。

 

それでも、わたしは、わたしが、大好きでーす。(笑)

 

 

ちなみに、価値観(世界観)が違うなぁ、と感じても、嫌いになれないひとがいる。

自分に正直なひと。不器用で自分をごまかせないひと。

たまにぶつかったとしても、笑えるハプニングにしてしまうしかないわー。

 

 

※明らかに、なんらかの、被害(言葉や暴力や)を受けているときの「まぁ、いいや。」は無しで。

 

 

 

ありがとうございます。