たとえば、誰かを「嫌い」というのは、
相手が悪い、相手が間違っているからではない。
感性が合わないとかで、一緒にいることがおもしろくない。とかそういうことだから。
あえて言うなら価値観が違うだけ?
なんなら、
価値観の違う世界を、自分の中に入れたくない、
自分自身の頑固さ?傲慢さ?とも、いえるのかも。
なので、嫌いなひとを、否定する(相手を悪者とする)ことは、
「自分は頑固で、傲慢です。」と、自分に言ってるようなもん。
(てか、自分の思い通りにならないことは、イヤだと言ってるわけで。)
もちろん、
どんな自分も、自分だけは味方でいたいし、自分だけは認めてあげてたいから、
自分の感情や価値観を否定する必要もなくて、
そろ~~~と、離れるか、
関わらなくてはすまない場合は、不快感(思いの行き違いなど)を感じた後に、「まぁ、いいや。」と、言ってる。
その相手の価値観に合わせるわけではなく、同じ空間にいるのだから、その全体の流れに、「まぁ、いいや。」ってこと。
それもまた、あり。ってこと。
そしたら、その流れの中での自分の処し方が、みえてくるかも。
まぁ、わからんままだったとしても、
毎度同じ相手に同じように怒りが湧くというストレスは、なくなるかも。
頑固で傲慢な、わたしでーす。
それでも、わたしは、わたしが、大好きでーす。(笑)
ちなみに、価値観(世界観)が違うなぁ、と感じても、嫌いになれないひとがいる。
自分に正直なひと。不器用で自分をごまかせないひと。
たまにぶつかったとしても、笑えるハプニングにしてしまうしかないわー。
※明らかに、なんらかの、被害(言葉や暴力や)を受けているときの「まぁ、いいや。」は無しで。
ありがとうございます。