みなさまこんばんは
日付が変わって11月19日。
亀の子タワシです。
ゴシゴシ。
いよいよ寒くなってきましたが
いかがお過ごしでしょうか?
一昨日(11/17)妻がめでたく
誕生日を迎えました。
今年の目標は?と
軽く振ってみたところ
『痩せる
』
と言っていたので
(´-`).。oO(よしよし)
と思いましたが
お誕生日なので、奮発し
焼肉をガッチリ食べに行き
(ビシッとカード
払い)
家でケーキ
を食べ
チョコ
を食べ…
あ~~( •́ .̫ •̀, )
先行きファンタスティック
です…
そんなわたしたちですが、結婚
をして
はや5年になります
入籍をしたのが2007年
6月21日
当然かも知れませんが
その日は、一生忘れられない日となりました
【2007年6月21日】
とても天気が良く
午前中からウキウキ気分で
2人で区役所へ
サクッと入籍の手続きを済ませ
両親に電話報告
『おめでとう
』なんつって
お祝いされました。
それから区役所近くのジョナサンで昼食
をとり
帰宅後まだウキウキモード
浮き足だっていたところへ
私の母から電話が
『おいおいぃ~。
なんだいなんだぁ~い( ´ ▽ ` )』
なんて思いながら出てみると
『お婆ちゃんが亡くなっちゃった
のよ~』
…ファ
『マジで
何でさっきの電話で言ってくんねーんだよ
』
と言いましたが
いまさっき
(祖母が住んでいた、母の妹の家から)連絡があったと
こっ…これは
巧妙に仕組まれたサプライズ企画に違いない
と思いましたが
残念ながら、突然の訃報でした
ウキウキモードだった、
わたしたちの気持ちは
バブル経済崩壊後の
株価以上のスピードで下落

そして急遽実家に帰ることに…
とはいえ
その時は、妻はまだ親戚一同とは顔を合わせておらず。
笑顔で『はじめまして』と、行ける状況では無いので
私1人で帰省することに
しめやかに葬儀はとりおこなわれました。
お清めをし
祖母が住んでいた家(母親の妹宅)に戻り
落ち着いたところで話は
私の入籍について…。
そこで
伯父が『家族が1人いなくなったけど、(結婚により)1人増えて
プラマイゼロだなぁ』
ハハハッと
と小笑をとっていたのが
印象的です。
…思えば私は
病院ではなく、その家で産声をあげました
助産婦をしていた祖母が
取り上げてくれたのです。
私をこの世に引っ張り出してくれた祖母が
私が入籍した日
天に旅立った
なんとも数奇な運命ですね。
というわけで
私たちの入籍記念日は
祖母の命日となりました
【今になって思うことなど】
祖母が亡くなる少し前に帰省した際には、すでに寝たきりで痴呆の症状もありました。
寝ているベッドの枕元には
くしゃくしゃになった、二人娘の写真と
7人の孫の名前が書いてある紙が
ありました
祖母は、皆の名前を忘れないようにと努力をしていたようです
それを見た時に
少し泣きそうになりました。
一緒に祖母のもとに行った母が
『お婆ちゃん、これ誰だ
』と
私を指して聞いたら
ズバッと弟の名前を言われて
泣きそうになりました
(´-`).。oO(おっ、おしいぜ…
ばあちゃん)
耳も遠くなっていて、会話も
長くはできませんでしたが
最後まで私たちに
『ありがとうねぇ。来てくれて、ありがとうねぇ。』
と言ってくれました。
最後まで…。
顔を見せただけなのに喜んでいる祖母を見て嬉しく思いました。
顔見せに来て良かったと思いました。
結局、私が最後に聞いた祖母の言葉は
『ありがとうねぇ』
となりました。
人が亡くなるということは
悲しいものですが、
誰しもいつかはその時が
来ますしおすし
←これはおにぎり
大抵の人は、その時がいつ訪れるのかなんて知りません。
例えば
あと3日で死ぬと分かっていたとします。
残された時間の限り、今まで自分ができなかったことをしてぇ、美味しい物食べてぇ、というのも
この世に悔いを残したくないという意味では、ありだと思います
私もそう思った時期もありますが
今は、もしそうなったら
私は出来る限り多くの人に
『ありがとう』を伝えて回りたいです。
と、このブログを書きながら思いました
なぜなら、私が聞いた祖母の最後の言葉が
『ありがとうねぇ』
だったことが
今になって残された身としては少しだけ救われたなぁと感じるからです。
最期にはベッドの上で家族に向かって『ありがとう』と言いたい。
ということを良く聞きます。
ただ、実際に病に伏せ
死が目前の危篤状態だとしたら
果たしてそんなドラマティックな最期を迎えられるでしょうか。
私には、そんな最期を迎える自信がありません。
いつ何が起きてもおかしくないですしおすし
←これは、あがり。
だから一つ決めました。
それは
誰かとの別れ際には
最後に『ありがとう』と言う。
もしも
その誰かと別れた後に何かが起きて
『チーン』
となったとしても
私が出会い、別れた人は
『確かあいつに最後に会ったとき、別れ際にありがとうって言ってたな…』
と思ってくれるかも知れません
最期までめでたい奴だったな。
と思われれば本望です。
幸いにも
私はまだ余命宣告は受けていません
今後も、日常的な出会いと別れをくりかえす予定ですので
別れ際には
感謝の気持ちをこめて
『ありがとう
』を
言おうと思います。
では
さらばじゃ
あっ。明日も頑張ります。
最後までお読み下さって
ありがとうございます
iPhoneからの投稿

日付が変わって11月19日。
亀の子タワシです。
ゴシゴシ。
いよいよ寒くなってきましたが
いかがお過ごしでしょうか?
一昨日(11/17)妻がめでたく
誕生日を迎えました。
今年の目標は?と
軽く振ってみたところ
『痩せる
』と言っていたので
(´-`).。oO(よしよし)
と思いましたが
お誕生日なので、奮発し
焼肉をガッチリ食べに行き

(ビシッとカード
払い)家でケーキ
を食べチョコ
を食べ…あ~~( •́ .̫ •̀, )
先行きファンタスティック
です…そんなわたしたちですが、結婚
をしてはや5年になります
入籍をしたのが2007年
6月21日
当然かも知れませんが
その日は、一生忘れられない日となりました

【2007年6月21日】
とても天気が良く
午前中からウキウキ気分で
2人で区役所へ

サクッと入籍の手続きを済ませ
両親に電話報告

『おめでとう
』なんつってお祝いされました。
それから区役所近くのジョナサンで昼食
をとり帰宅後まだウキウキモード

浮き足だっていたところへ
私の母から電話が

『おいおいぃ~。
なんだいなんだぁ~い( ´ ▽ ` )』
なんて思いながら出てみると
『お婆ちゃんが亡くなっちゃった
のよ~』
…ファ

『マジで
何でさっきの電話で言ってくんねーんだよ
』と言いましたが
いまさっき
(祖母が住んでいた、母の妹の家から)連絡があったと

こっ…これは

巧妙に仕組まれたサプライズ企画に違いない

と思いましたが
残念ながら、突然の訃報でした

ウキウキモードだった、
わたしたちの気持ちは
バブル経済崩壊後の
株価以上のスピードで下落


そして急遽実家に帰ることに…
とはいえ
その時は、妻はまだ親戚一同とは顔を合わせておらず。
笑顔で『はじめまして』と、行ける状況では無いので
私1人で帰省することに

しめやかに葬儀はとりおこなわれました。
お清めをし
祖母が住んでいた家(母親の妹宅)に戻り
落ち着いたところで話は
私の入籍について…。
そこで
伯父が『家族が1人いなくなったけど、(結婚により)1人増えて
プラマイゼロだなぁ』
ハハハッと
と小笑をとっていたのが
印象的です。
…思えば私は
病院ではなく、その家で産声をあげました

助産婦をしていた祖母が
取り上げてくれたのです。
私をこの世に引っ張り出してくれた祖母が
私が入籍した日
天に旅立った

なんとも数奇な運命ですね。
というわけで
私たちの入籍記念日は
祖母の命日となりました

【今になって思うことなど】
祖母が亡くなる少し前に帰省した際には、すでに寝たきりで痴呆の症状もありました。
寝ているベッドの枕元には
くしゃくしゃになった、二人娘の写真と

7人の孫の名前が書いてある紙が
ありました

祖母は、皆の名前を忘れないようにと努力をしていたようです

それを見た時に
少し泣きそうになりました。
一緒に祖母のもとに行った母が
『お婆ちゃん、これ誰だ
』と私を指して聞いたら
ズバッと弟の名前を言われて
泣きそうになりました

(´-`).。oO(おっ、おしいぜ…
ばあちゃん)
耳も遠くなっていて、会話も
長くはできませんでしたが
最後まで私たちに
『ありがとうねぇ。来てくれて、ありがとうねぇ。』
と言ってくれました。
最後まで…。
顔を見せただけなのに喜んでいる祖母を見て嬉しく思いました。
顔見せに来て良かったと思いました。
結局、私が最後に聞いた祖母の言葉は
『ありがとうねぇ』
となりました。
人が亡くなるということは
悲しいものですが、
誰しもいつかはその時が
来ますしおすし
←これはおにぎり大抵の人は、その時がいつ訪れるのかなんて知りません。
例えば
あと3日で死ぬと分かっていたとします。
残された時間の限り、今まで自分ができなかったことをしてぇ、美味しい物食べてぇ、というのも
この世に悔いを残したくないという意味では、ありだと思います

私もそう思った時期もありますが
今は、もしそうなったら
私は出来る限り多くの人に
『ありがとう』を伝えて回りたいです。
と、このブログを書きながら思いました

なぜなら、私が聞いた祖母の最後の言葉が
『ありがとうねぇ』
だったことが
今になって残された身としては少しだけ救われたなぁと感じるからです。
最期にはベッドの上で家族に向かって『ありがとう』と言いたい。
ということを良く聞きます。
ただ、実際に病に伏せ
死が目前の危篤状態だとしたら
果たしてそんなドラマティックな最期を迎えられるでしょうか。
私には、そんな最期を迎える自信がありません。
いつ何が起きてもおかしくないですしおすし
←これは、あがり。だから一つ決めました。
それは
誰かとの別れ際には
最後に『ありがとう』と言う。
もしも
その誰かと別れた後に何かが起きて
『チーン』
となったとしても
私が出会い、別れた人は
『確かあいつに最後に会ったとき、別れ際にありがとうって言ってたな…』
と思ってくれるかも知れません

最期までめでたい奴だったな。
と思われれば本望です。
幸いにも
私はまだ余命宣告は受けていません
今後も、日常的な出会いと別れをくりかえす予定ですので
別れ際には
感謝の気持ちをこめて
『ありがとう
』を言おうと思います。
では
さらばじゃ

あっ。明日も頑張ります。
最後までお読み下さって
ありがとうございます

iPhoneからの投稿
