パキスタン地震募金 -52ページ目

マンセーラの思い出・その1

活動とは直接関係ないのですが…。


私たちはパキスタンの主人の実家で10数年前に、結婚式をしました。

その時、日本から私の家族が来てくれました。


盛大な結婚式の次の日、私たち夫婦と日本からの家族二人とで1台の車に乗り込み、主人の運転で観光に行くことになりました。

パキスタンには砂漠地帯から広大な平野、山岳地帯、他にも様々な気候風土があるのですが、全体的にはあまり緑のない、日本人から見れば殺風景と思われる場所がほとんどを占めます。

しかし、主人の田舎あたりからは緑がだんだん増えていきます。


『せっかくだから、日本では見られないような高い山を見に行こう』

今回も死者が何百人か出ているA市を通って、どんどん高いところを目指しました。

3月だったのですが、前方に雪をかぶった高い山が見えていました。


『よし、あれを目指そう』 (実際は、何百キロも先の山だから、気持ちだけ目指してました)

どんどん山道を抜けて行きます。

緑が生い茂った山道をどんどん行くと、小さな町や村がところどころにあります。

ある村では映画の撮影をやっていたりもしました。が、俳優さんよりも日本人3人が乗った車のほうが珍しかったようで、あっという間に囲まれて動けなくなってしまったり…。


村を抜け、山道を抜け、そんなことを何度もくり返しました。

川沿いを走っていたとき、アザーン(イスラームの礼拝を呼びかける声)がどこからともなく聞こえてきました。車を止めると、次々とそこかしこのモスクからアザーンが始まり、それをしばらく聞いていました。

新緑の山道、雄大な川、遠くにそびえる雪山、自然しか見えない景色、、山々に響きながら聞こえてくるアザーン … あの情景は、今でもよく思い出す美しい景色のひとつです。


後で聞いたのですが、そこがマンセーラでした。

今回の地震では、美しかったあのあたり一帯が崩れてしまったのでしょう。

あの時通った村や町、きっとほとんどが崩れてしまったのでしょう。

あの景色が戻るのは、一体いつのことなのでしょうか。