現地からの支援活動報告・その2
まず、マンセーラで私的に医療活動を行っていた 、主人の友人医師Zの現在です。
数日前から、マンセーラより更に上の地域の町『バラコート』(日本の報道ではバラコットとも言われている)に作られた国営医療施設への勤務が始まったため、マンセーラでの活動をやめてそちらに専念しているそうです。
そのため、この友人医師への支援はする必要がなくなりました。
その国営医療施設は、薬剤などは十分足りているので、援助は不要とのことです。
また、主人の実家のあるK町には被災地の山から更に人が集り始め、主人が卒業した大学の隣の土地に、国が設営したキャンプができたそうです。
そこに移ってきた被災者たちと、K町の病院に来ている被災者のところに行って、それぞれの家族構成を聞きつつ、3千ルピー~5千ルピーのお金を個々に渡しているそうです。
町まで降りてきた人にとっては、やはり現金が1番良いとのことです。
その活動をしているのは、先日も記事にした義兄Hや、主人の友人、また主人の行っていた大学の経済専門の教授など、5人ほどで行っているそうです。
その活動に使っている額は、3千ドル=18万ルピーだそうです。日本円で約35万円弱でしょうか。
私たちの活動だけで多くの被災者に行き渡らせるのは無理ですが、K町でこういった現金を渡す活動をしている現地の方は、他にも多数いるそうです。
国が被災者に現金を渡すことは今のところ無いため、こういった活動は重要だと思います。