月曜日の朝。小雨が降っていた。
『松本悠一』は会社のエントランスをくぐると、コートの袖から少し冷たいしずくが落ちた。
いつも通りの朝の始まりだ。
天気のせいか、オフィスは少し静かだった。
取引先との定例打ち合わせのため、
10時少し前に、『佐藤彩』のいる会社を訪ねた。
彼女とは、ここ最近、何度か顔を合わせるようになった。
事務的なやりとりがほとんどだったけれど、対応はいつも丁寧で、話すと少しだけ気が楽になるような、そんな人だった。
「おはようございます、松本さん。雨、けっこう降ってましたね。」
明るすぎず、自然なトーン。そういうところが、なんとなく印象に残る。
「ええ、電車から降りて少し歩いただけで、靴がもうぐっしょりです」
思ったままを答えると、佐藤さんはふっと笑った。
「それはお気の毒です。でも、今日はうちの打ち合わせの部屋は、エアコンよく効いてますから」
その言葉に、つられて少し笑ってしまった。
些細な会話。それだけなのに、なんとなく気持ちが軽くなるのが不思議だった。
たぶん、特別な意味なんてない。ただ、誰かと交わす言葉が心に残ることって、あるんだと思う。
打ち合わせは淡々と終わり、挨拶を交わしてオフィスを出た。
ビルを出た頃には、雨は小降りになっていた。
傘を閉じて、ふと振り返る。オフィスの窓の向こうに、彼女の姿が見えた気がした。
でも、見間違いかもしれない。
そう思って、そのまま駅へと歩き出した。

