王様より吾妻にお褒めのお言葉をいただいた。嬉しく、誇らしく顔が一瞬にやけそうになるが、御前である。他に取り柄がありませぬ故と誤魔化し、少し顔を背け王様に聞こえぬように軽く咳払いをして、又いつもの内官ドチの顔に戻った。


 その日の夕刻、いつもより早めに王宮殿を下がる事にした。帰宅の道すがらドチは大人になってからの妻と初めて出会った頃を思い出していた。

先程は御前であったがゆえ控えねばならぬ笑顔、いま相当にやけた顔で歩いている事に気付き、いやいや、やはりいかんぞと思い直し、気を引き締めるドチであった。


ふと見やれば、早めに下がったが為にいつもは閉まっている小間物屋が目に入った。

 そう言えば、最近いやもう何年も妻には飾り物を買うてやってはおらぬな。


 禄は充分にあろうほどに、少々贅沢をしても構わぬと常々言ってはおるが、何故か普通のおなごとは違い、あまり贅沢を好まんのだ。


 まぁ、そう言う所も某には好ましいのだかな…


許嫁として二人で初めておおた時もそうであった。何か欲しい物はないかと市中に連れ立って出掛けたおりも、欲しい物はございませぬ・・・

 にこやかに微笑みそう告げるのみであった。ふぅん、ほんに何も要らぬのだろうか?
まだ若かった某も、よく分からず、こちらが選んでやるべきか?どうしたものかと思案顔で歩いておったところ、「キャア~」と言う声が……

何事かと後ろを振り返れば、許嫁ウニョン(優寧)が倒れており、その傍らには饅頭を手にした貧しい身なりの子供も又転んでいた。

遠くを見やれば、饅頭屋の主人とおぼしき男が、大声で手を振り「泥棒だぁ~。饅頭泥棒!」と叫んでおるのがわかった。さすればこの子供が泥棒か?


そう思いながらも、ウニョンの事が心配になり「大事ないか?どこぞに怪我でもしておらぬか?」と声をかけた。


「大丈夫にございます。わたくしの不調法でご心配をおかけして申し訳ございません」そう言いながら、チマについた土を払いニッコリと微笑んだ。


ドチはその柔和な笑顔に一瞬見惚れ、なんと優しき微笑みであろうかと思った。

母方の遠縁にあたる娘で、幼き時分より見知った顔ではあったが、年が幾つか上でもあり、とうに嫁いだものと思っていた。ただ噂では大病を煩い、婚期を逸したとか……

それがすっかり完治したようだが、その時の治療薬のせいか少しふっくらとした体つきとなったようだ。

まあ、ウニョンには大事なく安心して、ようよう見れば、先ほどの子供は転んだ筈なのに、両の手にしっかりと饅頭を持っていたのだった。


その様子にいち早く気づいたウニョンは、子供にかけより優しくおこしながらなにやら事情を聞いているようである。

子供は真っ赤に目をはらしながら、「オモニに……」と涙ぐんだ。どうやら病で臥せっておる母親に食べさせてやりたかったようである。

だが盗みは盗みである。如何様にしたら良いものか?

その時、ウニョンが「何か欲しい物はないかとお尋ね下さいましたが、まだ間に合いまするか?」と。

 急にどうしたのかと思いながら、ただ「あぁ~、構わぬ」と告げた。
「お願いにございます。この子のお饅頭のお代を、あれあのような鬼の形相の主人に払って頂けませねか?そしてご迷惑ではありましょうが、ドチ様のお名前を告げて、この子を役所へはつき出さねように、幾らか心付けも加えて払っては頂けませんでしょうか?」


確かに盗人は許せぬが、病気の母を思い転げて体のあちこちに擦り傷をおったと言うに、饅頭だけは土もつけずに守っておった。


そのように親孝行な子供をお助け下さいと必死に頼む姿を見て、心が温かくなったのを今でも覚えておる。


 無論、饅頭屋の主人にはつきだしたりせぬように念をおして話をつけた。子供は喜び何度も頭を下げた。

 ウニョンは、物を盗んだりしてはいけません。盗んだ物をかあさまにあげても、喜んでは貰えませんよ。これはわたくしの旦那さまになられる方からの贈り物ですからね。諭しながら、手持ちの小さな風呂敷のような物に饅頭を包んでやっていた。


さぁ、早くかあさまの所へ行っておあげなさい。そして何か困った事が出来たら、わたくしの所へ訪ねていらっしゃいと、優しく微笑み話しかけていた。


 母上が、何度かウニョンの母を訪ねるうちに、ウニョン自身とも茶を飲んだり、話をするようになったようだ。使用人に対しても粗相があっても声をあらげる事もなく、諭しておる様子に感心したらしい。


そのような事情を知る母上が、幾らか年嵩なだけで、心根があのように優しき娘は見た事がないと、王様の近くにお仕えするお前とは、似合いの夫婦になるのではないか?ドチや是非に娶とれと薦めて来たのだった。


饅頭屋の件も落着し、やはり許嫁となったウニョンには飾り物を見立ててやろうと思い立った。


 実は母上からウニョンが作った、飾り物を入れるポジャギの巾着袋を預かって来ておったのだ。


 幾日か前、母上はウニョン手製の巾着袋を二つ所望したらしい。一つはご自分が使われる物を、もう一つはウニョンに見立てさせた若い娘が喜びそうな物を。

 ウニョンは生来の器用な事もあって、ポジャギや刺繍がとても上手であり、目利きの母上が唸るほどの出来映えであった。


その母上がきっとウニョンはドチが欲しい物はないかと聞いても遠慮するであろう。クロニカ、ここはお前が選んで、許嫁となった記念に買うてやるがよい。

 どのようなおなごであれ、恋しい殿方からの贈り物は嬉しいものなのだ。そう母上から念をおされていたと言うにうっかり失念しておったのだった。


 何がよいであろう。やはり簪かな?ピニョとか言ったか?それに綺麗な刺繍のあるノリゲも一緒に。

某の見立てでは気に入っては貰えぬかも知れぬが、よう似合っておるぞ。


 母上からこれに入れて渡すようにと預かったとポジャギの巾着袋をみせると、「まあ、あのおりのわたくしが作りました袋では。母上様はあの時からこうなさるお積もりで・・・」

 私からの贈り物だと告げた時の嬉しそうな笑顔、選んで良かったと思うたに、巾着袋をみれば、大粒の涙が・・・


 勘弁してくれ。道行く者たちも怪訝な顔をして通りすぎて行くではないか?


 某は何も悪い事はしておらぬ。筈である。困り果てた様子に気がついたようで、嬉しくても涙は出るのですねと、泣き笑いの体であった。

やはりウニョンには笑顔が似合う。某も癒される。出来るだけ笑顔で居させてやりたいものだ。


 何年かのちに、只管お待ちになりやっと婚姻なさった、大護軍と医仙様とは比べものにはならぬであろうが、某もまたウニョンを護りたいとそう思った。