『 まさきせんせぇーーっ。』
うえーんっっ、って
子供らしい泣き方で駆け寄ってきた健太くんを、
腰を下ろして抱きとめた。
『 どうしたの?
泣かなくて大丈夫だよ。
なにが悲しいのか、
先生にお話、してくれる?』
目にいっぱい涙を浮かべながら、
一生懸命話してくれる健太くんに、
うんうん、って頷きながら
『 大丈夫だよ。』
そう言った自分の声が、
あの日の、
あの彼の声と、重なった ───
『 大丈夫だよ。』
そう言葉にする度、
思い出す記憶が、ある。
あれは、
僕が健太くんと同じ5歳の時。
共働きで忙しかった両親に、
『 一緒に遊ぼ。』
その一言が、言えなくて。
ひとりで向かったのは、
近所にある小さな公園。
誰もいない、
ひっそりと静まり返った公園の砂場で
ただ黙々と
大きな大きなお山を作った。
それから
真ん中にトンネルが欲しくなって
また黙々と、
慎重に穴を掘り始めたけど、
大き過ぎたお山のトンネルは、
掘っても掘っても
僕ひとりの小さな手では一向に向こう側に辿り着く気配がなくて
どんなに頑張っても
一緒に穴を掘ってくれる大きな手も、
見守ってくれる優しい眼差しもない、
そんな現実が、
急に
寂しくなって、
哀しくなって、
ポツン、と落ちた雫が頬を濡らした。
家じゃ、泣けなかった。
だって僕は
男の子だし。
もう5歳だし。
お兄ちゃんなんだし。
だから、
ずっとずっと
我慢してた。
歯を食いしばって
平気なフリ、してた。
『 大丈夫だよ。』
ふいに聴こえた声に、
弾かれたように顔を上げると、
お陽さまの光が眩しくて、
よく見えない誰かのお顔。
だれ?
分からないのに、
嗅いだ事のある
柔らかで清潔な香りのハンドクリームの匂いを纏ったあったかい手のひらが、
濡れた僕の頬を、
そっと包んだ。
僕と変わらない幼い手なのに、
優しい、指に
温かな、手のひらに
そして
それとは別に、
彼の
お陽様みたいな優しい匂いがふわっと香って、
『 僕もトンネル作るの手伝うよ。
だから、ね。
もう泣かないで。』
優しい優しいその声に、
なんでかな。
涙は途端に引っ込んで、
自然に、笑顔になれたんだ。
一緒に掘ってくれた穴の中、
繋いだ手の温もりを
今でも
鮮明に覚えている。
『 あっ、
しょーちゃんっっ!! 』
在りし日の、
大切な思い出に耽ってた僕は、
健太くんの大きな声に
一気に現実に引き戻されて、
すっかり泣き止んだ健太くんが、
ニッコリ満面の笑みで
僕の腕の中からスルリと抜け出した。
『 待って!
健太くんっ、走ると危な …… っ 』
健太くんを追いかけるように、
振り向いた僕の鼻孔をくすぐった
懐かしい、香り。
この、香り。
忘れるハズない。
あのハンドクリームと、
お陽さまみたいな優しい匂いの
確かな記憶。
『 ……… しょー、… ちゃん? 』
振り向いた先にあった、
健太くんに向けられた優しい笑顔に、
胸が、ギュッとなった。
覚えてる。
だってこの痛みは、
あの日
幼心に彼に抱いた"想い"。
名前も顔も
全然思い出せないのに、
僕の記憶が彼だって
そう、言ってる。
言葉を超えた"想い"の記憶。
健太くんに向けた笑顔のまま、
その瞳は
僕を見つけて、
『 あ、すみません。
健太の母の代理で迎えに来ました。
櫻井と申します。』
胸にぶら下げた保護者カードを見せながらペコリと頭を下げるあなたは、
きっと、
あの日の事は、
覚えてないんだよね。
『 大丈夫だよ。』
あなたに言われたあの日から、
僕は、
あなたの様な優しい人になりたくて
陽だまりのような
あなたのあたたかさに憧れて
ずっとずっと
あなたに会いたくて
『 大丈夫だよ。』
あなたを真似て
色んな場面でそう口にしてきた。
『 大丈夫、ですか?』
そして
あなたはまた僕に、
そう声を掛けてくれるんだね。
心配そうに、
八の字眉になったあなたが
そっと差し出してくれたハンカチから
やっぱりあなたのような優しい匂いがした。
ハラハラと頬を伝う涙は、
あの日みたいな哀しい涙なんかじゃなくて、
あなたにもう一度会うことが出来た嬉し涙なんです、って
いつかあなたに伝えても良いかな。
『 すみません。
目にゴミが入ってしまって。』
もしも
あなたが僕を憶えていなくても、
なにかの拍子に思い出してくれたなら、
それは
あなたにとって特別な記憶であると、いいな。
『 まさきせんせー、
ばいばーーいっ!! 』
『 ばいばい、健太くんっ。
さよなら、
…… 櫻井さん。 』
『 あ、……… はい、さよなら。
…………… ま、、さき … 』
終わり