今年はなんだかいろいろありました。

 

仕事の面では、3月で一応ひと区切り、とりあえず当面フリー(このままずっと?)ということで、年金生活になりました。

 

4月から二人目の孫が保育園に通園はじめ、ママパパは二人を抱えててんてこ舞い。ということで、うまい具合に暇になったババ(時々ジジも)が保育園の送り迎えやらいろいろお手伝い。週1はきつい、7月くらいまでというのが伸びて、なんだかんだ11月まで。時々ベビーシッターもお願いするようになり、ほっ!

 

一昨年わかった僧帽弁閉鎖不全に関して、自覚症状はないものの、軽度ではない、むしろ重度、突然倒れても不思議ではないと言われていました。とはいえ、自覚症状もないことから、なかなか決心はつきません。一人暮らしの母の事、孫たちの世話と、理由は多々あり。昨年夏、「イタリアに行かずに死ねない」と大騒ぎ、夫婦二人ともパスポートもないのに申し込み、旅行1か月前に20年ぶりにパスポート申請、無事行ってきました。

 

昨年11月に同窓会で前の席になった人の奥さまが私と全く同じ病気、息切れ等でわかり数年前に手術したとのこと、早い方がいい、1日でも若い方がいいと諭され、今年1月に、心臓の専門病院を受診しました。そこでも全く同じ診断、9月に検査入院、12月初めに手術となりました。そんな中、8月は10日間のクルーズに行ってきました。これは荷物を持ち運ばなくていいというので、快適でした。しかも、真夏日連続記録の時期と重なったので、暑さを逃れることができました。

 

心臓の手術としてはそれほど大変なものではないらしいのですが、全身麻酔に人工心肺、やはり体への負担は小さくはありませんでした。それでも、順調な方らしく、ICUは4日、入院は10日間で退院となりました。

 

傷が痛いというのもありますが、体力低下が著しい。集中力が続かない、つくづく知的活動もまた体力だと実感しています。入院中は文字を読むのが辛い、文章も考えられない。軽い本、手術前は一日2冊のハイペースで読んでいたものがが読めない、報告レポートといった類は受け付けない。LINE程度の短い文章を書くのもやっと。ここへきて、やっと軽い本は元のペースで読めるようになってきました。

 

実家の母(今年93歳)、本人のイメージとは異なり、一人暮らしは難しい状況、せめてデーサービスに定期的に通ってくれたのなら違いましたが、とても一人暮らしのサポートする余裕は60代後半の私と弟にはなく、昨年11月から有料老人ホームにお世話になりました。今年は秋田県では熊が、今までは考えられない街の中(山、森、川からも離れたところ)に出没、そういう意味でも助かりました。本人の自由にいろいろ出かけたりできないので、申し訳ないのですが、こちらも高齢者、二人とも健康の心配もあり、なかなか難しいものです。

 

とりあえず、今年も、なんとか乗り切りました。

 

大学時代のサークル仲間と季節ごとにオンライン句会をしています。その始まりに関してはまた別の機会に。
 

皆様なかなかの名句、その中で、私は多作で駄作のほぼ川柳よりです。

日本語の五七五は自然発生的に生まれたものなのでしょう。五七五は本当にすっと入ってくる、心地よいリズムです。

 

「五七五の名作」と感じた記憶の中で一番古いものは「赤信号車は急に止まれない!」です。

 

今回のお題は「手袋」ともう一つと自由句。手袋で一気に三句できてしまいました。

 

手袋が欲しい季節になりました

夜なべして手袋編まず仕事する

夜なべして手袋編んだこともあり

 

 

二句は実話です。

最近は児童デイも充実し、重症心身障害児の親も外で働けるようになりました。15年以上前にはそのようなものは何もありませんでした。

 

仕事ができるのは、次男が学校や通所施設に通っている時間、寝ている時間。日中は家族の事、家事、その他雑事もあり、100%仕事に打ち込めるわけでもなく、使えるのは切れ切れの時間。となると当然夜しか時間はないのです。

ロジックを考えるのは、歩いていたり何気ない時に突破口が開けたりすることもありますが、まとまった時間が欲しい。よくやっていたなぁ、と自分で自分を褒めています。

 

三句も実話、ミトンの先が閉じていないタイプの手袋を次男のために編みました。夜なべのところはちょっと大げさかな。最近はよく見かけるそのタイプの手袋ですが、20年くらい前は見かけなかったです。

 

早いもので、次男が旅立ってもう5年以上経ちました。人生のほぼ半分、障害児者の母親として暮らしてきました。障害者と生活しながら仕事をするのは大変でしたが、仕事はわたしにとっては精神的な安定でもありました。今は時間はあるけど、体力、気力、知力が落ちてきました。

 

来週は手術の予定。心臓の僧帽弁不全と診断されたのは2年ほど前。自覚症状もなく元気なので、母の事、孫の世話、まずは海外旅行に1回は行きたい…と先送りしていましたが、「黙っていても治りませんよ」といよいよ手術することになりました。

 

長年作ってきた数値解析プログラムをpythonで作れるのか?

大きなものは無理としても、人工地震波の作成程度ならできそうな気がしてきました。

 

pythonとfortranは考え方が違うようで、そこが一番わかりにくかった。

fortranでは処理が複雑になると、サブルーチンとして、その下にさらにサブルーチンというように処理をあるまとまりでサブルーチン化していく。
pythonは関数を参照する形式で、関数は自作する場合と、ライブラリをインポートして使うというプログラムの作り方のようだ。ライブラリは公開されているものが多数あるから、それを使用することで、その処理はブラックボックスとして使用できる(ディバック、メンテナンスしなくていい)らしい。

 

参考にした本で、主に説明してあるのが作業のアプリ化。数値計算に関しての本はあるものの、図書館には少なく、主にWeb検索で教えてもらうという感じです。本を買わないのは、「ここを教えて欲しい」というところが書いてあるか不明なためです。

 

Numpy、SciPy、Pandasをインストールは必須です。とここまではわかったところで、一段落中。

 

来月は手術もあり、なにかと落ち着かない。そこへきて、この週末は息子一家全員がインフルエンザ感染、回復してきてストレスたまっている子どもたちのお世話。