今年になり、変なことを考えました。
施設の部屋のドアに、
「ALS患者です。興味があれば見て下さい。」
というような貼り紙をしようかな。
色々な人に病気のことを知ってもらうため、他の面会の人に自分を見てもらうのもいいかな、という程度の思いつきでした。
だけど、実際に貼ったとしても、覗く人は、ほとんどいないだろう、とは思いました。
看護師さんに話したら、当然ながら、反対されました。
大事なのは、その理由です。
何か違う病気への感染リスクが増えることだけではありません。
世の中は、価値観や考え方は色々だし、決して良い人だけではないし、私を傷つけるようなことを言う人がいるかもしれない、とのことでした。
看護師さんは、職業柄、色々な経験があるものと思います。
私としては、何を言われても傷つくとは思っていませんが、この時の看護師さんとの話で、「う~ん」と考えてしまいました。
私の生活は、医療、介護、福祉など、公的だけでなく民間も含めて、色々な制度、仕組み、組織などによって成り立っています。
医療費高騰や人材不足など、社会的な問題課題はあるでしょうし、その一方で、生活に窮している患者さんも少なくないものと思います。
それだけでなく、景気回復と言う中で、その裏側には格差社会が歴然と存在し、ワーキングプアとか子供食堂とか・・・・
他にも、事故、災害、病気などだって、世の中にはたくさん・・・・
私は、当初に考えた通り、施設で生活できています。
家族は自分の生活を送れていて、父親である私がこのような身体になっても、子供達は希望する道を歩けている、と思っています。
だから、私は恵まれていると思います。
もちろん、病気になったことを恵まれているなんて思うわけはありません。
こんな病気になったにしては、恵まれていると考えるのです。
何に恵まれているかは、天地人の何かだと思っています。
人間、上を見ればきりがないし、下と比べて云々言うのも好ましくないし、色々な視点側面からも、自分を恵まれていると考えてよいのかどうか、私の浅思慮では悩んでしまいます。
そのため、ブログに書くことも悩んでいました。
自身の境遇を不幸だと思っても、それをバネに克服するか? 恵まれていると思っても、向上心を失わないか? 色々な考え方はあると思います。
ただ、この病気で生きていくには、恵まれていると考える方が、気楽に生きていけそうなので、書くことにしました。
これからも、何か思いついたら、追加補足訂正などを書くかもしれません。
ところで、冒頭に書いた貼り紙のことですが、あれは浅知恵による思いつきだったので、恥じ入って、即刻、ボツ案にしました。
今回は、施設に入ったおかげで、考えることができたことを書きましたが、予想通り、グダグダした話になってしまいました。
お恥ずかし~🙇