ちくしょう
雨傘より日傘のが必要だったやないか
今、腕と足で別人のように色違い
あー惰性。
でも傘待ちしてる間にふゆーと会って
久々に喋れたから良かった!
今日の朝唐突に
介護とかできる気がしてきた
うん
今まで親とはいえど
いつかそういう風になったら、どうしようっていうか
覚悟たるものができてなかったんやけど
今日の朝唐突に
私、やれる!
って思ったのであった
まあそれだけ、笑
昨日さー
相国寺歩いてたらさ
見知らぬおばあちゃんに
暑いですねって声かけられてさ
びっくりしたけど
そうですねー
頑張ってこの夏乗越えましょうねー
とかなんとか話しちゃってさ
まあおばあちゃんの人相がべらぼうに良かったという点もあるけど
なんだか嬉しかったんよね
きっと昔より各家庭の個別化がすすんでてさ
他人は他人っていう線がぶっとくなってるやろーとか思うやん
ご近所とのつながりとか
地域のつながりとか
親しみとか一体感とか
愛想でまかなうっていうか
もはやその風習をなぞるだけのうわべの気持ちな気がしてたけど
いや、でも他人への親しみって大事やと思ったわ
DNAとか細かい違いあっても
人体は同じ成分でできててさ
そこに自我という霊が存在して
経験やなんやかんやで別個の姿になって
でも
一番最初の根を探ってみりゃあ
ひとつの点やと思うんよね
決して無ではなく
全く同じの有というか
それが命なのかもしれないけど。
そのひとつの点は帰結していけば共有のものであり
全人類がひとつの点になりうる
集団の1は1のまま
1+1+1…→=1
ということは
足し算ではなく掛け算なのかしらね
1×1×1…=1
増えもしなければ、減りもしないけれど等価値な私達
はい。
おばあちゃんとの挨拶からどこまでいっとんねんってな笑
つまりあれだ
皆同じ人間じゃないかー
仲良くしようぜーってことや!!!
ヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ
あれー?
過程が無意味に思えるほど当たり前の結論だーww