どこじゃなく、ここ | いつも心に一本のドライバー

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近頃考えております自分の居場所


意識的な問題です





『私』

という意識を今日もしっかり考えてみましょう



そもそも五感のうち、私達は視覚に重きをおいているような気がします




目を開き、世界を見ているとどうしても目の裏といいますか


顔面といいますか


脳みそあたりに自分がいると思ってしまいます





そんな固定概念をとっぱらうために


まず


目を瞑ります


そして視覚以外の感覚に集中するのです





すると、次は触覚が反応します


今触れているもの、暖かさ、固さ柔らかさ


あれ?とな


やはり脳みそ説は少し待てよ、と



これだと皮膚的な薄皮一枚の私という存在を見出さないかと


疑問は尽きないのです




以前、身体の中にいるか外に在るか考えましたが


今思えば


身体とは、また私という意識とは別物のような気がします



なぜならば

私は私という意識こそ全て認識できますが


私の身体の全てを私は知りません



今血液が流れてる実感もなく


どこに病原菌が潜んでいるかも知るすべもなく


身体は私の手に負えるようなものではないのです、きっと



身体は身体で生きるためにそれぞれが精一杯機能しています


だから、私が居る場所なんてありません


とんだお邪魔虫です




ならば身体の外かというと…



それも、やっぱり実感がわかないなあ



こう考えてみると

自分なんてものは、脳みそが作り出した妄想のようなものじゃないかと思えますね



性格なんてもっと謎

妄想の中から生まれた癖みたいなものなのかな


実体もなく、意識に確実などなく、それでも存在だけははっきりと感じ


なんなんだこれは?




どこに居るかなんて考えたって


どこにもいないのかもしれません


あってないようなものなのかもしれません





それならば


どこに居たいか


ってことなのかなあ





と、今日の結論はそんな感じでした。



おーわーり!