岩に染み入るのにだって飽和量あるとは思いませんか
朝から相国寺は蝉、蝉、蝉の鳴き声で満たされて五月蝿い
学校側へと渡る信号に間に合わず、電柱の影で暑さをしのいだ数分間
今日見た夢について少し考えていました
青色はいつだって忘れた頃にひょっこりと顔を出す
内容のなんかどうだっていいんだ
ただ私が新しい色を見つけるとひょっこりと現れる
それは深層心理の謎めきと煌めき
青色は青春へと帰る道
喪失感故の執着心
自分で捨てたも同然だった絵の具
それなのに
いつだって心のどこかに居るらしい
人混みの中にいる気がしたから振り返りました春の朝夏の夜秋の街冬の駅
月日が流れ、私は何度も新しい絵を描いている
捨てた青色がなんだってんだ
青がなくっても描きたいものは描けるはずなのに
そんなに存在は大きかったですか?
自分でも驚くほどに爪跡を深く残していった青春の象徴
できるならまた同じ絵を同じ青色で同じキャンバスに描きたい
手に入らないことわかってるけど
過去の色、未来に面影求めてる
それで今を生きてるって言えるんだろうか
はにかんだ顔、手のひらに乗る青、真っ直ぐ届いた言葉、
記憶にだって飽和量あると思いませんか