海外製。
全長約1,300mm。
重量約2.8kg。
ストラップ本革。
収納ケース無。
刻印無。
- 1990年3月、バージニア州ノーフォークで功績を認められて永久保持となっていたNWA世界ヘビー級王座ベルトをインターナショナルワールドヘビー級王座の名称で復活させ、トーナメント決勝でブラックジャック・マリガンを破ったマーク・フレミングが新王者となり、その後約2年間保持するも、1992年、テーズとUWFインターナショナルのビジネスにより、UWFインターナショナルのリングでプロレスリング世界ヘビー級王座として再復活し、高田延彦がチャンピオンとなり、フレミングはUインターの常連外人選手となる。そこには複雑なビジネス、人間関係があった。その後、1997年初頭、地元バージニア州ノーフォークのラジオ番組でベルトを50万ドル(当時のレートで約6000万円)で売りに出す。(売却できたかは不明)
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1992年、テーズがNWAより功績を讃えられて永久保持する旧NWA世界ヘビー級王座(通称「テーズベルト」)をプロレスリング世界ヘビー級王座の名称で復活させて高田が初代王者になった。
しかしチャンピオンベルトは1990年3月、テーズがアメリカのバージニア州ノーフォークでインターナショナル・ワールド・ヘビー級王座の名称で復活させてトーナメント決勝戦でブラックジャック・マリガンを破ったマーク・フレミングが新王者になって約2年間保持していた。フレミングのUインター初戦は2月29日、後楽園ホールで高田とのノンタイトル戦が行われて高田が勝利。その後、高田がチャンピオンになりフレミングはUインターの常連外人選手となる。そこには複雑なビジネスと人間関係があった。
これらの経緯はフレミングが1995年、UNWに来日した際にトークショーで話しておりUNWのパンフレットにチャンピオンベルトを巻いた姿が掲載されている。
Wikipediaより







