【非売品】 UWA認定世界タッグチャンピオンベルト 本人使用 本物 | 私の知人所有のしょぼいプロレスマスクコレクション等です。どうぞ、お暇なら見て笑ってやって下さい。とほほ…

私の知人所有のしょぼいプロレスマスクコレクション等です。どうぞ、お暇なら見て笑ってやって下さい。とほほ…

マスカラスのマスクが欲しく日本テレビ局へハガキ応募
タイガーマスクのデビュー戦の四次元殺法に狂喜
休刊した週刊ファイトの熱烈な元愛読者の彼

UWA世界タッグ・チャンピオンベルト(アニマル・ウォリアー) 本人使用


・ドラゴマニア・アレナメヒコ大会(パートナーはパワー・ウォリアー)こちらは、ドラゴマニアで王座決定戦が行われた後に主催者のウルティモ校長から某有名プロレスショップオーナーが譲り受けたベルトになります。

08年5月11日、アレナ・メヒコでの闘龍門自主興行「ドラゴマニア3」でUWA世界タッグ王座決定戦に出場。

パワー・ウォリアーと組んでテリブレ、ダミアン666組と対戦。

1分50秒、ダブルインパクトでテリブルからフォールを取りUWA世界タッグ王座を獲得。

 

メーカー不明

全長約1,200mm。

重量約2.8kg。

ストラップ本革。

収納ケース無。

刻印無。

 

ユニバーサル・レスリング・アソシエーション

ユニバーサル・レスリング・アソシエーションUniversal Wrestling Association)は、メキシコプロレス団体。略称はUWA。UWAはタイトル管理団体の総称でありメキシコではルチャ・リブレ・インターナショナルLucha Libre Internaciónal)と呼ばれることが多い。略称はLLI

歴史

1975年1月、EMLLを退団したレイ・メンドーサフランシスコ・フローレスベンジャミン・モーラらが設立。ナウカルパンエル・トレオを拠点としていた。1月29日パラシオ・デ・ロス・デポルテスで旗揚げ戦を開催。

日本では新日本プロレスユニバーサル・プロレスリング全日本女子プロレスジャパン女子プロレスアメリカではWWFと業務提携を結んで多くの選手を送り込んだり、日本とアメリカの選手が参戦していた。

旗揚げ当初はEMLLから人気選手のドクトル・ワグナーアニバルらを大量に引き抜いて一時は大人気を誇っていた。しかし、EMLLから引き抜いた人気選手達がトップに君臨し続けたことにより、世代交代が充分に行うことが出来なかった。その後、メキシコで禁止されていたルチャリブレのテレビ中継が解禁された際に、その流れに乗ることが出来ず、EMLLに大きく遅れをとることになってしまう。

1992年、エンターテイメント中心のAAAが旗揚げされると、さらに人気が低迷する。

1994年、社運をかけてAAAと団体対抗戦を企画するも常設会場のエル・トレオのオーナーの急逝後に常設会場の賃貸問題で面倒なことが起こるようになる。

1995年、ほぼすべての所属選手がAAAに移籍する大事件が起こり、一気に弱小団体になってしまう。トレオを撤退して規模の小さいアレナ・ネッサワルコヨを新たに常設会場を置いて活動を続けていた。

1997年、代表のカルロス・マイネスの誘拐事件が起こり、身の代金を工面するためにアレナ・ネッサワルコヨを売却する。常設会場を失ったことで約22年の歴史に幕を下ろした。

UWAの王座は日本とメキシコで定着しており、UWAの名前はタイトル管理組織として形式的に存在している。

2015年、復活へ向け検討に入っていることが明らかにされた。

2018年2月28日、UWAの再興が正式に発表され、新日本プロレス・WWFで会長を務めた、現リアルジャパンプロレス会長の新間寿が新生UWA会長に就任。

UWA世界タッグ王座

UWA世界タッグ王座は、UWAが管理していた王座である。

歴史

1982年、メキシコLLIが創設。

1984年、空位となるが1991年に再開。

日本ではユニバーサル・プロレスリングみちのくプロレスでタイトルマッチが行われていた。

1995年、LLI解散後も王座のみ存続するものの、2000年にビジャノスが防衛戦を行わないため連邦区タッグ王者のロス・ラヨス・タパティオスがUWA世界タッグ王座を主張。その後、同王座を奪取した東京愚連隊、ブエロ・エスペシャル&エル・エンデイボール組も主張するがビジャノスは2004年、防衛戦を再開。

2008年5月11日、メキシコシティでヘル・ウォリアーズ(アニマル&パワー)がダミアン666&テリブル組を破り元UWA役員から王座を認定されているが正式なUWA世界タッグ王座とされず防衛戦も行われなかった。

ビジャノスの返上後に東京愚連隊が保持していた連邦区タッグ王座をUWA世界タッグ王座に認定。その後、プロレスリングElDorado管理下に置かれていた。ElDorado解散後は紅白プロレス合戦管理下に置かれていた。

2014年2月5日、紅白プロレス合戦新宿FACE大会で開催されたファイナル興行でヤス・ウラノ&HIROKI組が獲得したが異なる団体を主戦場としているため以降の防衛戦などは未定とされていた。3月23日、ユニオンプロレスラゾーナ川崎プラザソル大会にHIROKIが参戦した際に福田洋&MEN'Sテイオー組が挑戦を表明して4月27日、ユニオンプロレスラジアントホール大会で防衛戦が組まれることになった。以降は、それまでタッグ王座のなかったユニオンプロレス管理下に置かれていた。

2015年6月、バラモン兄弟に流出後に10月4日を最後にユニオンプロレスが解散。2016年、バラモン兄弟は主戦場にしている、みちのくプロレス後楽園ホール大会で東北タッグ王者日高郁人&藤田ミノルとダブルタイトルマッチが行われて勝利した日高&藤田組によって王座統一されて、みちのくプロレス管理下に置かれている。

Wikipediaより