お正月明けてすぐ、
所用ができて、急きょ福島に帰省してきました。
冬のもっとも寒い季節、
横浜の気温とはだいぶ違うだろうと、防寒対策のことで頭が一杯。
冬枯れで景色もあまり期待できないので、
用事が済んだら早く帰ってくるつもりの、現実ひと筋で出かけた一泊旅行でした。
行きの車が川を越え、河川敷のなかを走りだしました。
福島県相馬郡飯舘村から南相馬市にかけて流れる真野川です。
枯れ野の河川敷を見ていて、万葉集にこんな歌があったことを思い出しました。
陸奥の
真野の草原 遠けども
面影にして 見ゆといふものを
【笠女郎】
陸奥の、真野の草原のように遠いけれど
私にはあなたの面影が見えるというのに
笠女郎が大伴家持に贈った三首の恋歌のうちのひとつです。
陸奥の真野の草原は、笠女郎はおそらく訪れたことがなく、
ただ単に遠い場所のたとえとして使われています。
それくらい、万葉集の時代、東北は陸奥(みちのく)と言われる遠い場所で
当時の人はたいてい徒歩、
馬を使ったとしても、
何日もかかる道のりでした。
現代では都心からでも、新幹線や車で数時間、
飛行機を使えば国内ならどこからでも数時間、
「みちのく」は決して遠くありません。
「心の距離」も含めれば、たとえ地球の裏側であっても、
インターネット経由で簡単に連絡を取ることができてしまいますね。
「遠い」「近い」という距離感は、時代とともに変わるものであり、
人の心の持ちかた次第でも、ぐっと縮まるものではないかと思います。
