「自分が言いたいことは、自分にたいして言いたいことなのである」
ということについて書いてきました。
このへんで一段落かな、と思ったのですが、
ちょっと頭をよぎることがあるので、
視点を変えて、もう少し続けることにします。
自分のことは自分が一番よく知っている、
なので、誰に何と言われようとも、自分のことは、
自分自身が「こうだ」と思ったことが、
自分にとっての真実なのである、
、、、というのは、私が紆余曲折、大変な遠回りの末たどり着いた答えなのですが、
だからといって他人の言うことを全く聞かなくてよいということではない。
他人の言葉や本、映画、歌の歌詞などの中にも、
自分あてのメッセージが入って来ることがあります。
これも感謝や歓び、忠告や苦言、世間に関するご意見、
と、いろいろですが、、
その中で忠告や苦言など、自分にとって耳の痛い内容について着目してみます。
自分にたいする忠告や苦言のようなものが外側の世界を通さず、
自分の内部から直接伝わって来る、
すなわち、外側に向かって忠告や苦言を放つ自分に
「これは自分に対して言っている!」
と、気付くのが最初。
それに気づけばいいのですが、
気付かずスルーし続けていると、
今度は外部からのメッセージとしてやってくるようになるんじゃないだろうか、
というのは、私自身の経験からの推測です。
自分にとって耳の痛い内容は、自分自身から言われるのならまだ聞く気になりますが、
外部から、思わぬ人物の口を通してやってきたりすると、受け入れるのに精神的苦痛を伴いますね。
あるいは社会や家庭環境の変化で、今まで当たり前だと思って
気にもとめなていなかったもの、
例えば家族・職場・地位・信頼・金銭のようなものを失いそうになる、
という感じの、要するに、
単なるメッセージからグレードアップした
手痛い経験という形で伝えられてきたりします。
だから、自分自身の言葉として語っているうちに気づいて認めるのがよい、
そうすれば、痛手が少なくて済む・・・・
というのは、今まさに私自身から伝わって来ることを自分で言葉にしているのであり、
私が今まで、何度となく経験してきたことでもあります。
