「鉄」を追って行くと、地球の磁場のことを経て、
宇宙まで行ってしまいますが、
身近なところに戻って、「日本の鉄」に、フォーカスしてみます。
日本に製鉄が伝わったのは、遅くとも弥生時代だそうです。
最初は鉄鉱石を使用しましたが、のちに砂鉄から行われる製鉄が盛んになりました。
日本の製鉄の原材料は、砂鉄です。
土で作った炉で砂鉄を燃やすために、左右から空気を入れる仕組みの
「たたら」と呼ばれる、日本伝統の製鉄法が出来上がりました。
日本の古きよき技術・たたら製鉄は、
時代とともに西洋からやってきた製鉄法にとって代わられるようになりましたが、
本格的な日本刀は、本来は
たたら製鉄で作り出された玉鋼(たまはがね)が原材料です。
たたら製鉄は、日本の大切な伝統技術としてみなおされるようになり、
昭和になってから復興・保存が行われています。
動画を見ているとわかるのですが、
土で作った炉は、出来上がった玉鋼を取り出すときに、崩してしまいます。
このようなことを考えると、たたら製鉄を行う場所は、
砂鉄が摂れることはもちろん、炉に適した土があり、燃やすためのコークスも豊富に調達できる、
また、作業に従事する人材とその家族を養える、
食料の調達もできる土地であることが欠かせませんでした。
「たたら」の技術的変遷において、
炉に両側から風を送るための、天秤鞴(てんびんふいご)という仕組みがあります。
これの発明は、当時の社会において、たいへん画期的な出来事で、
これにより、製鉄技術は大きく発展していきました。
当時の社会において「たたら製鉄」の役割と、
人々の生活に与える影響は大きく、
それだけに、ときの権力者の注目度や、
村人の関心も高かったに違いありません。
・・・「たたら」という言葉は、日本書紀や古事記に出てくるくらい古いものです。
古事記の中で、スサノオノミコトによる八股の大蛇退治というのがありますが、
この「八股の大蛇」とは、製鉄(たたら製鉄)集団の暴挙の象徴ではないか、という説があります。
この戦いで、スサノオは三種の神器のなかのひとつ・草薙剣(くさなぎのつるぎ)を手に入れ、
出雲砂鉄の製鉄産業を、発展させていきました。
スサノオの決死の八股大蛇退治の決意には、美しいクシナダヒメと
製鉄技術への強い憧れがあった、
のかもしれませんね。
