ここ数日、ぼんやり過ごしているのですが、
「着物熱」は、けっこう高いです。
先日、帯と一緒にもらってきた羽織です。
目に優しいブルーで、どんな着物にも羽織れそう。
裏地の感じが、すごく気に入っています。
カジュアル着物に欠かせない羽織。
お茶の先生をしていた彼女(故人)が持っていた羽織は、意外なことにこれだけ。
雨コートや道行など、外出用のアウターはそろっていますが、カジュアル物が少ないです。
お茶会やお稽古用がメインで、普段着としてはあまり着なかったのでしょう。
裾が膝より少し短くて、今流行の「長羽織」には寸足らずです。
丈をあと10センチくらい長くして、今風にしたいな・・・
和裁はできないけれど、自分でなおせないかな、、、
と思ってみてみると、脇のところが着物ならではの構成になっていると知りました。
どう見ても、スカートの裾を少し出すような感じではありません。
布が足りていればできないことはないけれど、、
たぶん裾だけではなく、全体をほどく感じになりそう・・・
やめておこう、これはこのまま着よう、と思いました。
お洋服ほどじゃないけれど着物にも流行があるということを知ったのは、つい最近です。
着物は古いものでも、帯を今のものにする。
着物も帯も古いもので、羽織物を思いっきり流行ものにする。
そうやって、故人から受け継いだ古いものを生かして行くやり方で、
着物を楽しんでいこうと思います。
まるで人の心のようです。
古いもの(今までの経験)が土台となって、
そこに新しいものを取り込んでいく。
そうやって「今の時代」に適応していきます。
人が変わるというのは、まっさらからのスタートではなく、
成長した自分が、殻を脱ぎ捨てるということです。
さまざまな経験があるからこそ、少々のことでは揺らがないでいられる。
成長していないのに殻を脱ぎ捨てようとしてもうまくいかないし、
脱ぎ捨てが成功したとしても、新しい世界に適応することができません。
そのための成長を、今までの過程で行ってきたのです。
今まで身に着けた知識や常識・プライドなど、
諸々のものはいずれ手放さなければなりませんが、
経験の深さに応じて、大きな器の自分が出来上がっています。
何をどう経験したかが、自分の器(魂)の大きさとなり、
新しい環境となって、現れてくるのです。
