昨日、朝の駅前公園で、モンシロチョウに出会いました。
忙しい時間帯にスマホカメラを持って5分ほど追いかけて、写真に納まってもらいました。
幼虫がキャベツの葉を食するモンシロチョウは、
春に菜の花畑を飛び回っている姿をよく見かけます。
日本ではおなじみの蝶ですが、古い時代の外来種で、
奈良時代にキャベツが日本に入ってきたとき、一緒にやってきたと言われています。
蝶をはじめとして、昆虫には紫外線を見ることのできる眼を持つものがいます。
モンシロチョウは、オスもメスも同じ白。人間から見るとオスのほうがわずかに黒い部分が多いくらいで、
ぱっと見ただけではほとんど見分けがつきません。
ですが紫外線の見えるフィルターを通して見ると、
メスの翅は白く、オスの翅は黒く映ることが分かっています。
人間が白に見えるものが、モンシロチョウの眼には黒く見えているわけです。
色とは実体のないもので、
見る側が決めているということがわかる一例です。
色だけでなく、全てのことに言えるかもしれませんが。
春にひらひらと飛び回るというイメージのあるモンシロチョウですが、
成虫は、3月の下旬から11月ごろまで見られます。
産み付けられた卵がかえった幼虫が脱皮を繰り返してさなぎになり、
やがて羽化して飛び回って交尾して一生を終えるまでは、おおよそ2か月ほど。
とても短いですね。
1年に6回くらい世代交代するという、
なんとも儚い生涯です。
「胡蝶の夢(こちょうのゆめ)」と言う言葉があります。
意味するところは、
蝶となった夢を見て目覚めた。
自分が夢のなかで胡蝶に変身したのか、
それとも胡蝶が夢の中で自分になっていたのかわからない。
夢と現実の区別がつかない状況。または、その区別をつけない境地を喩えた、
中国の思想書・荘子にある言葉です。
儚い生を授かって飛び回るモンシロチョウにとって、
現実も夢もたいして違わないのではないでしょうか。
