能力の最大値としての「直観」 | Message

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自然から受け取ったメッセージを中心に発信していきます

関東地方はいいお天気なので、午前中に買い物や諸々の用事を済ませて、

 

午後からPCルームにこもり、WEBリサーチに時間を費やそうと思います。

 

 

自分が知りたいことについてPCに向かって延々とリサーチをするということを、

 

5,6年前くらいまではよくやっていたのですが、最近はめったにやらなくなりました。

 

なぜかというと、直観が発達したことで

 

「必要な情報は向こうからやって来る」ようになったからです。

 

 

今、このようなブログを読みに来て下さる方の中で、

 

自分の直観にけっこうな信頼を置いているという方の割合は、意外と多いような気がします。

 

私もその一人です。

 

 

日常生活や仕事の中で、直観によった行動をとることが徐々に多くなっていきました。

 

リサーチに時間をかけなくなったのは、その現れの一つです。

 

 

それでも敢えて、今回は時間をかけて徹底的にリサーチしようという気になっています。

 

なぜかというと、今の仕事が自分が初めて経験する業界に関するものだからです。

 

経験がない分野のことは直観も今一つ揮わなくなる、これは私が経験で思い知らされたことの一つです。

 

 

 

全く知らなかったことが突然わかるというような、神がかりの閃きによる直観もありますが、

 

一方で、経験によって磨かれる直観というものもあります。

 

それは

 

熟練の手仕事の職人さんが「眼をつぶっていても仕事ができる」と自慢しているようなことだったり、

 

飛び込み営業を長くやっていると、ドアを開けた瞬間に買ってもらえるかどうかわかる、という形で発揮されるもので、

 

本人は、直観が働いているという自覚がなかったりします。

 

 

私の場合は、PCトラブル対応を3年くらいやっていた時期に、

 

電話を取って相手の第一声を聞いた瞬間に、トラブルの内容と原因がわかってしまうというのがありました。

 

 

閃きによる神がかり的な直観も素晴らしいですが、

 

経験を積んだ先に発揮される「直観」は安定していて、誰でも知らないうちに身についている、

 

人間が持っているこの世的な能力の最大値として発揮されるもので、

 

「誰でも見えない世界とつながって生きている」ということを証明するときの、

 

証拠としてたいへん説得力のある、重要なもののひとつであると思います。

 

 

・・・

 

昨日、買い物帰りに通った公園の脇に、こんな花がたくさん咲いていました。

 

 

まるで白い炎のようでみごとです。

 

 

「これはもしかして、虎杖(いたどり)ではないだろうか」

 

と頭に浮かびました。

 

家に帰ってから調べたところ、やっぱりそうでした。

 

春に出てくる新芽は酸味があって食用になる植物として覚えていて、秋に咲く花のことは知らなかったのです。

 

イタドリ<Wikipediaより>

 

これも普段から植物と親しんでいる私がときどき発揮する、直観としてわかりやすい一例です。

 

 

...次回に続きます。