多摩川中流・海から31キロ地点の河原は、一面石で埋め尽くされている。
このような河原を礫河原(れきがわら)という。かつてはあちこちの河原にたくさんあったが、
近年は減少していて再生が叫ばれている。
原因は、ダムがいたるところに建設されたことで土砂が流れてこなくなったことが一つ。
また、人間たちが作った水利施設などのおかげで洪水が起こらなくなったために自然環境が変わって、他の雑草や樹木が生えるようになっていったという理由もある。
以前は石ころだらけの礫河原だったのに、一面に雑草が生い茂っていたり、林となっているところが近年は多くなっている。
礫河原には、そこにしか住めない希少な生物が住んでいる。彼らのために、再生は必須である。
多摩川中流には、貴重な礫河原が残っており、ここでしか生きられない昆虫、小動物、植物たちが生きている。
彼らの多くは住みかが減ってしまったことで今、種の生存が危ぶまれている。
今回訪れた多摩川中流の礫河原で、この植物をあちこちで見た。
葉や茎の形からするとカワラナデシコのように見える。そうだとしたら夏に開花するはずだ。
忘れずにもう一度来てみようと思う。
また、今回は見つからなかったのだが、カワラノギクという植物が多摩川中流のどこかに残っているそうだ。
関東地方の河川の中流域に生育する植物で、多摩川をはじめ、相模川、那珂川、鬼怒川などに自生していたが、礫河原の減少で生育地を奪われ、絶滅の危機にひんしている。
写真はノコンギクという近隣種で、カワラノギクより小柄だが花はほぼ同じだ。
開花期は秋なので、これも忘れずに、秋にもう一度行って探してみようと思う。
礫河原に生きる植物にとって、何年に一度かの割合で起こる大洪水が非常に大事な意味を持つ。
洪水が、風に飛ばされてやってきた雑草や樹木の種子を流してくれることで礫河原は維持されるのだ。
そこに、石ころだらけの環境に適応した植物や昆虫などが住み着くことができていた。
ところが人間が作るダムや水利施設などにより、川の水が人工的に調整され、以前のような洪水が起こりにくくなって、
雑草や樹木の種子が流れずに石の隙間から芽を出して河原内で育ち、礫河原は緑の植物で埋まってしまうようになった。
洪水が起こらなくなると、カワラノギクをはじめとしてカワラナデシコ、カワラヨモギ、カワラサイコ、カワラニガナなど、
石ころだらけの河原でしか成長できない植物は、住みかを他の植物に奪われてしまう。
人間にとっては古くから脅威・試練でもあった洪水が、可憐な花たちをやさしく守っていたとは驚きだ。
私たちが脅威・試練と感じているだけであって、これらの植物たちにとっては自然の恵みであり、生きていくために必要なものなのだ。
自然の恵みと脅威は紙一重
これは母なる多摩川による、貴重な教えの一つだ。
ものごとにはたくさんの側面があることの現れとしても、覚えておきたい。


