前回に引き続き、天の岩屋戸明けのお話です。
大勢の神々が岩屋戸の前に集まって知恵を絞り、
常世の長鳴鳥(ニワトリ)が、「コケコッコー、日の出ですよ!」と呼びかけ、
大切な麻布やコウゾで作った紙や、八咫鏡や、勾玉飾りを榊の枝にかけて、心を込めてお供えしても、
祝詞(のりと)を読み上げて皆で祈っても、
それでも天照大神は出てきてくれません。
そこで芸能の女神・天宇受売(あめのうづめ)が出てきました。ひげカズラをたすきにかけて、つる正木で編んだ髪飾りをつけ、笹葉の束ねたのをもって、岩屋の前に桶を伏せて作った舞台に上がって踊ります。
無念無想で神がかりでもしたように踊る彼女は着衣のひももずり落ちるのもかまわず、陽気に踊りを続けます。見物していた神々はどっと笑い、
「宴たけなわ」となります。
賑やかで楽しそうなのを不思議に思って天照大神が岩戸をほんの少し開けて、
「私が岩屋にこもっているから暗いはずなのに、なぜこんなに楽しそうなの?」と尋ねると、
「あなた様よりも尊い神が現れたので、皆で喜んで歌い踊っているのです」
と天宇受売(あめのうづめ)が答えます。
「その方は、こちらにいらっしゃいますよ、ほら!」
このときとばかりに、待ち構えていた布刀玉命(フトダマ)が、榊の中枝に付けた八咫鏡(やたのかがみ)を、天照大神の前に出します。
そこには金色にまぶしく輝く神々しい女神の顔が・・・天照大神はますます不思議に思って見を乗り出すと・・・
待ってましたと力自慢の天手力男神(アメノタヂカラヲ)が岩戸を引き上げ、天照大神を引っぱりだし、
日が昇りあたりが明るくい光に満ちると、布刀玉命(フトダマ)が「もうお戻りになりませんように」と、岩屋の出口に尻久未縄(しめなわ)を張る。
天の岩屋戸明けの名場面ともいえるこのあたりでは、神々がそれぞれの役割を果たしていて着目したい点がたくさんあるのですが、
クライマックスで重要な役割を果たした八咫鏡(やたのかがみ)は外せません。八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、草那芸之大刀(くさなぎのたち)と並んで三種の神器のひとつともいわれるこの鏡は、
自分の心をうつして私心がなく澄んでいるか確かめる、自分を顧みる鏡だそうです。
・・・
私は偉大な太陽神・アマテラスが、この鏡にコロッとだまされて岩戸から出されてしまうところがなんとも微笑ましく、人間っぽくて好きです。
「あなたより優れた人が現れました」なんて言われたら、誰だって気になって見たくなってしまいますよね。これを私心というのかどうかわかりませんが、もしそうだったら許されてもいいんじゃないかと思います。
