6月末に退職してからもうすぐ1か月なので、そろそろ今のやりたい放題の生活を卒業したいです。
それでこのところ「自分は何が向いているんだろうか」と思って、これまでやってきたことを振り返ってみたりしています。
学校を出るまで自分は文系タイプで、数字や細かいことが苦手だと思っていたのですが、社会人になってから理系脳も持っていると知りました。文系脳だと大雑把になるし、理系脳だと細かくて神経質になります。
文系脳でやっているときは理系脳は眠っているだけで、その気になれば起動することができる。両方一緒に起動させておくことができたらいいけど、きっとできない。それができる人はものすごく優秀なのかもしれない・・・
・・というようなことを考えていて気が付いたのが「自分はこういうタイプ」というのは幻想だということです。
文系・理系はひとつの例えですが、今までは自分が置かれた環境や相手に合わせていろんなタイプの自分を演じていたという気がします。すごく優秀だったり逆に全然ダメだと言われたり、ボジティブだったりネガティブだったりしました。正義の味方も悪役もやりました。
自分はどんな面も持っている。全部自分の中にあると思います。
ボジティブな役割をやっているときは、たいていネガティブな人がそばにいました。いつも自分と正反対の人が現れるのを不思議に思っていましたが、これでバランスが取れるのですね。
そういえば家では主人が細かいので、私は大雑把な役をやっています。実家にいた子供の時は、弟が頼りなかったのでしっかり者の役をやっていました。もしかしたら私が頑張っていたので弟が頼りない役を引き受けてくれたのかもしれません。
こちらがマイナス役をやっていると、プラス役が現れる。自分がどっちをやっていたとしても、全てはうまくいくようになっているものです。
全ては幻想というのは巷で言われていることでもあるので頭ではわかっていましたが、最近は何かにつけて「確かに幻想だ」と思うことが増えました。
今までそこそこ満足して生きてきましたが、「自分はこう」という幻想に縛られていたのは窮屈だったかもしれません。
社会的地位も幻想、お金や貯金も幻想、そして「自分はこういうタイプ」も幻想。その気になれば何でもできるんじゃないかと思います。
こんな感じで今後は「自分はこう」という妄想を外して、どう進むかを決めていきたいです。手先が不器用だとか、背丈が足りないなどの肉体的な制限でさえも、もしかして何とかなるものなのかもしれません。8月は今までできないと思っていたことをやってみようかと思います。
