過去記事に書きましたが、
私今、体調不良で長、治るまで長期休暇をとっています。
ヒマでいいね、と言われて「まあね(笑)」と返事をしたりしていますが、ヒマを楽しめるのは体調がいいときだけです。
日によっては夜まったく眠れないし、太陽の光を浴びたくないので、お天気のいい日の日中は外出する気にもなりません。
このようなときに顕著なことのひとつとして「もう一人の自分からの声がはっきり聞こえる」というのがあります。
もう一人の自分とはハイヤーセルフのことで、声が実際に聞こえてくるというのではなく、
「自分の考えとして、知っていてあたりまえのこととして、既にある」
ということです。
体調不良の原因が、職場で長期間浴びていたある種の薬剤が原因だということは以前の記事に書きましたが、
症状が出始めたとき私の頭の中には、たくさんある薬剤の中のどれが原因で、どのような時に浴びていたのか、
そしてどうやって直したらいいのかなどということが、推測ではなく確信として自分の考えの中に、既にありました。
もちろん病院にも通っています。素人判断はよくないと小言を言う家族もいるし、おせっかいな助言をくれる親しい人も・・・このような人の存在に、私は守られていると思います。
病院でお医者様の指示を聞いていて、まるで自分がすでに知っていることの答え合わせをしているようだと思ったことが何度かあります。基本の治療はお医者様の指示通りですが、自分の状態を自分がしっかりわかっていることが、治り方に影響していると思います。
大きな病気は別として、今の私のように自宅で静かにしていれば治るような体調不良は、自分と向きあう絶好の機会だと思います。
朝目覚めるたびに、今日は体調どうかな、もう〇〇日目だ、何が原因で、今、体内のどこがどうなってこうなっているんだろう、と自分自身について考えるからです。
こんなときは、いつも生活の中で思っている「ああしたい」「こう思われたい」「これがいやだ」「こうなったらどうしよう」等のいろいろなことが、実にどうでもよくなってしまいます。「自我」は出る幕がありません。
仕事のしがらみや人との愛憎、見栄の張り合い、社会不安のようなことからは、遠く離れた心境になるのです。
そして自分が大自然の流れの中にいることが感じられて、家族や知人友人、鉢植えの植物や昆虫などの小動物が愛おしくなります。
何もなくとも生きているだけで幸せだと、心底感じることができるようになり、
余分なものはいらないんだ、こうやっているだけで、必要なものが自然と与えられるんだということの実感ができてきます。
このように、余分なものが全部抜け落ちた素の自分になっているときに、ハイヤーセルフとのつながりが非常に深くなると思います。
体調不良ではなくとも、我欲を落として自分自身に深く集中した時に、ハイヤーセルフと深くつながることができて、
生きていくのに必要な情報が自分の考えとしてやって来る、
のです。
