...前々回の続きです。
朝の家事を済ませて、PCに向かう時間が毎日ある私は
「今のタイミングで職場を去る」決意が揺らぎません。
そうやって過ごしていてふと、「不満がなかったはずなのに、なんで去りたいのか?」という考えが頭をよぎりました。
職場に嫌いな人はいません。仕事内容についてはまあこんなもの、と思っていて、置いてもらうことじたいが有り難いとも思っています。
自分で考えてもわかりませんでしたが、
。。。
ひらめきによる回答が、翌日の明け方にやってきました。SNSで「他人の発言」を読んでいて、
自分はどこの職場にでもある上下関係を拒否したいのだ、と気が付いたのです。
・・・それと同時に、今まで経験したすべての職場で自分はそうであったとわかりました。
気付きは一瞬でやってきます。このように、自分に関する大量の記憶が流れ込んできたとき
「小さな自分」は、忘れていたことを思い出したような気持になります。
職場だけではなく学校や家庭でもそうなのですが、
人と人とのあいだで上下関係を感じると、私の思考は止まってしまいます。こんなことやっていても仕方ない、この場にいたくない、と感じているのです。
それは自分が上であっても下であっても関係なく起こることです。今までずっと、そうであったと思います。
過去の職場経験を振り返ってみると、
集団で何かをやろうとするとき、人と人を競わせることで全体のレベルアップを図っていこうとするところがけっこうありました。
他人に負けたくない、自分が人より優れていることを示したい、という誰もが持っている向上心は大事なものですが、
それは優越感や劣等感と、紙一重のところにあります。
私は職場で、地道に一生懸命やっていた人が、会社から認められて地位を得るととたんに敬語を使わなくなって命令口調が多くなったり、アルバイトに対して上から目線になったりするのを見て、
がっかりして泣きたくなる、ということが今までに何度もありました。上下関係の中にすっかり入り込んでしまったんだな、と。
人を競わせて優劣をつけ、さまざまなことに不公平を与えて優越感や劣等感を刺激するというやり方は、
どんな職場でも多少はあることです。それは雇う側(上の立場の人)と、雇われる側(下の立場)と両方に原因があります。互いの未熟さゆえに、それ以外にものごとを進める方法がわからないのです。
だから今ここで「おかしいんじゃないの?」と言って改善を求めても、結局それじゃなにも進まないということになってしまいます。
子供のころから既に学校で競って生きてきた私たちは、社会の仕組みがそのようになっているのです。だから誰もがそれに従って、一生懸命生きているだけなのです。
・・・
そう思っていながら、人より力を持つ人の「言うとおりにすれば守ってやる」というような
権力にものを言わせて自分の意のままに周りを動かそうとすることに、絶対的な「拒否」を示している自分に気が付いた私は、
これは社会全体の問題であるように見えて、自分の問題であると認めないわけにいきません。だから今頃、こうやってこんなところでひっかかっているのだと思います。職場の上下関係にたいするこだわりをもっているがゆえに「去りたい」のであって、今の職場はそのこだわりを刺激しただけです。そもそもの原因は自分から出ているもので、職場にあるわけではないのです。
マウンティング女子、というような言葉が今流行っているそうですね。
Mountingというと乗馬とか取り付ける、という意味があります。PC用語でマウントする、というのは取り付けるとか認識させる、入り込むというような意味です。
人に馬乗りになって(優位に立って)押さえつける、入り込んで意のままにする、というような意味で、流行っているのでしょうか。
動物のオスは、メスを獲得するために他のオスと競って、自分が優れていることを示そうとします。
それは優秀な子孫を残す必要性からで、自然の法則とも言えますが、
マウンティングという言葉が流行っているということは、このようなことについて考え直す時期に来ているということかもしれません。
