...前回の続きです。
照明の都合できれいに写っていませんが、
これは自宅のリビングルームの、南側の小部屋に通じるドアに貼ってあるものです。
和紙に毛筆で書かれたこの貼紙の言葉は、私が書いたのではありません。平成22年の元旦に初詣に行った近所のお寺で、お坊さまが書いて配っていたのをもらってきたのです。
なんとなく気に入ってドアに貼っていました。
それをなぜここにわざわざ出してきたかというと、
2011年秋に自室にインディアンの姿で現れた未知の存在が立ったのは、ちょうどこのドアの横の位置でした。いつも私がリビングでくつろいでいる定位置から見ると、この貼紙が目に入ります。
・・・私はインディアンの姿が消えてしまった後に、もう一度見えないだろうかと何度も試行錯誤をしました。
もう一度見ることはできませんでしたが、そのかわりいつもこの貼紙が目に入っていました。
この貼紙を背景に、インディアンの姿は立ったのです。この言葉は、未知の存在からのメッセージです。
最初にこのメッセージに接したとき私は、
他人を変えるのは難しいというのは、わからないこともなかったのですが、
自分が変われば世界さえ変わるのというのは、意味がよくわかっていませんでした。
ですが今は、この言葉の本当に意味するところが、骨身にしみるほどわかります。このメッセージは数年かけて、私が真に解読できるようになるのを待っていたのです。
自分の世界は自分が創っていますから、自分の心のあり方を変えない限り目の前に現れてくることは変わりません。
自分の思ったことは、そのまま現実の出来事や、感情や、人物になってやってきます。
外側に現れた現実のなかの他人・モノ・ことを変えようと頑張ってみても、原因になっている自分の心をほったらかしにしていると、一時的に変わったように見えたことも元に戻ってしまいます。
外側の出来事や他人を変えようとしているのは、自分を変えようとしているのと同じなのです。
ですが自分の心のありように着目することを忘れて外側のみに向かってしまうと、頑張っても頑張っても元に戻ってしまう。外側の世界に原因を求めていると、そういうカラ回りを繰り返してしまいます。
私自身も長い年月をかけて、カラ回りを繰り返してきました。昨日と今日の自分はぜんぜん変わっておらず、一進一退の繰り返しのように思えることもあります。
ですが普段の生活からほんのわずかの気付きがあることで、少しずつ進んでいるのです。特別な感覚ではなく、自分では感知できないわずかな歩みです。
私は数年前に理解できていなかったこの未知の存在からのメッセージを、今は理解することができるようになっているというところに、
全ては順調だ、これでいい、という希望を感じます。
だから私には、ドアに貼り付けられたたたみじわのある、お世辞にもきれいとはいえないこの貼紙が、希望のメッセージに見えるのです。
。。。次回に続きます。
