4月も中旬、春爛漫となりました。
前回「休日にならない理由」というのを書きましたが、
今日は貴重な休日、天体や季節の移り変わりめ的には何ごともない、
きわめて平凡な水曜日です。
少し時間が取れたせいで、たまっていたあれこれのことを書く気が起きました。
去年のことなのですが、ちょっと意図するところがあって、
昔通った大学に、学部を変えて再・編入学しました。
昔は商学部で会計学とか経営学をやりましたが、
今度は文学部で、英文学専攻です。
長かった社会人生活も一段落した今頃になってなぜ?と人に聞かれますが、
理由は一つではない。
それをここで話すとなると数十記事分にはなってしまうので、
そのなかの重大理由のひとつ
「文学を究めたい」
というのを、ここには書いていこくことにします。
というわけで今後は、英文学関連の記事を書くことが多くなります。
最初は英文学だけについて書く別の場所を作ろうと思っていました。
ですが、ここの過去記事を読み返すと
2016年、「良寛さま」を入り口に万葉集から古典文学を初めて川端康成まで、日本文学に凝っていたのでした。
何を読むかはまったく行き当たりばったりで、インスピレーションに全て頼っていましたが、
それの続きに今回の英文学があるというのが否定できない。
それなら、英文学も自分で読んでいけばいいわけですが、
ただ外国ものを読んでいるとどうしても「この部分だけでいいので原文で読んでみたい」という欲求が出てくるので、
独学には限界があります。
それにただ読むだけでなくもっともっと専門的・崇高なものを学びたいというのもあるので、
それで、今回の「大学編入学」につながりました。
以前通った母校を選んだのは、ただそこが入りやすかったという単純な理由で、
就職を目指すわけではないので、どこでもよいと思っていました。
単位だけとって卒業できればいいのではなく「学問を究めたい」わけなので、
卒業に関係のない授業も、必要と思えば取るし、
多少留年してもいいから、納得できた科目から単位を取っていきたい、、
、、という感じで、「今の自分でないとこういう選択はしなかった」はずのことを
たくさん選択しています。
ものごとには適期があります。
すべてのことは他人にとってではなく「自分にとって」の。
今しか起こらないことが、これからたくさん起こってくる。
それは人によって、まったく違うものとなって受け取られることになるのです。

