ブログ・余力100%引き
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転載ブログ

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昨年の秋ごろからmixiはじめまして、日記を書く場がほとんどあっちに移ってしまいました。

で、ココ放置だったんですけど。


それだとmixi見れない人に日記読んでもらえないなあと思ったので、出来るだけ転載するようにしました。



そんなわけで…

ほとんど転載ものになっちゃいますけど、ご容赦ください。

深夜の蛮行

mixi より転載 一部加筆修正

07年1月9日分日記です--------



いびき、はぎしり、そして蛮行

去年の後半のほとんどを、別のベッドで寝た二人。
新年が明けて、ふたたび一緒に寝るようになってすぐさまこの失態。
気が緩みすぎ。緊張感がどこにもない。
そう叱責されたその翌晩は、息子2を寝かしつけながら一緒に轟沈。妻とベッドを共にしなかった。

「寝てるときのことは制御できないんじゃない?」と思う方も居るかもしれないが、予防する策はあるはず。

幼い頃、おねしょを防ぐために寝る前にトイレに行ったり、水分を摂らなかったりしたように(その例えもどうかと思うが)、寝る前や普段の生活から何かしらの下準備ができると思う。

気を緩めてるヒマなど微塵もないんだよ。

好きだと思ってる女性がいつもとなりで笑ってたり話しかけてくることは「アタリマエ」じゃないんだってこと、何回ヘマしたら学習するんですか。

父がいつもお世話になっております

mixi より転載 一部加筆修正

07年1月6日分日記です--------



タイトルに父が出てますけど、今度のは実家の話じゃなくて
「これもアスペルガー症候群の特徴が出てたんだろうか」
というお話。

アスペルガー症候群の特徴のひとつに、
「年齢にそぐわないほどの大人びた言い回しをする」
というのがあります。
それを踏まえて。というかタイトルで既に出オチ気味。

小学校時代の住まいは、父の勤める会社の社宅でした。
12世帯が住むそのアパートでは、日曜日や平日の夕方に外で遊んでいると、他の家のお父さんに会うことがよくあります。
そんな中、他の家のお父さんに会ったときに、当時小学生だった僕が言った挨拶は「こんにちは」や「こんばんは」だけで終わらなく、そのあとに「父がいつもお世話になっております」と続けていました。

えー… 社宅のお父さんの中には、父より年は上だけど役職は父より下という方もいらっしゃいまして(それは中学に入った頃に自然と知った)、言われたほうはどう返していいか判らなかったと思います。今思えば。
だってさ、考えてもみなよ。仮に僕が今、僕の上司の子に会うことがあって(何でもいいんで社内旅行とか色々シチュエーションを思い浮かべてください)、その子に「父がいつもお世話になっております」なんて言われたらどう返すかね。
「おうよ、お前のオヤジにはほとほと手を焼かされてんだ」とは言えないでしょう。困るよなあ、対処に。

で、それを知った父はどういう反応だったかというと…
「ホントお前は口から先に生まれてきたようなヤツだな」と言って笑っていました。
あとでその人にどうフォロー入れたか知らないけど、俺に対して、それで済ませてよかったのかな。

仮面の親子 父と子編

はじめに

以下の文章は、自分の本サイト「やる気100%引き」にて2005年6月10日に公開したものです。
父ってこんなひとだったなぁ、と思い返した事を書き連ねてみました。
こないだ久しぶりに会いましたが、理不尽に怒ることはもうしなかったものの(怒られることもしてないし)、相変わらずの謝らなさっぷりでした。

皆さんはそんな息子から見たそんな父の姿を見て、どう思われますか? 忌憚なきご意見ご感想ご指導ご鞭撻ご高説承ります。

以下転載----------------------------------------

 私、御年もうすぐ30歳。
 父さん、2回り上の今年54歳。

 30年近く父さんの息子をやってきているが、私が父さんから「ごめん」と言われた回数、ゼロ。

 私、御年もうすぐ30歳。
 養子縁組した息子、現在10歳。
 同棲時代から数えてもう3年くらい息子といるけど、私が息子に謝った回数は数限り無しとまでは行かないがそれなりの回数。散々こじれにこじれてやっと謝ったケースもあるし、衝動的に怒鳴ったり殴ったりして泣かせてしまい、即座に謝ったケースもある。

 僕が子供の頃、父さんというのは「絶対」なものだと思っていた。怖いし無口だし怒鳴るし殴る。でも仕事をしてお金を稼いできて、日曜には車を出してちょっと遠目の食料品店に母さんたちを連れてってくれる。たまに遊んでくれるし、帰ってきた後は人混みと渋滞にやられて必ず不機嫌になるけど行楽地にも連れて行ってくれた。風邪を引いても熱があっても会社を休むことなく毎日働いた。母さんはそんな父さんを誇りに思っていると、僕ら子供たちに言った事がある。

 理不尽なこと、理不尽なタイミングで怒鳴り、怒る事があるけど、それでも父さんは絶対だった。 自分が大学に入るような年齢になっても、絶対であり、畏怖の対象だった。
 それまでに一度だけ、父さんは僕に「お願い」をした事がある。僕が覚えてる限り、このとき初めて上からモノをいう態度ではなく、頭を下げてきた。千葉に住んでいた高校2年の夏を前に、父の転勤が決まったのである。せっかく入った高校だが、旭川で編入試験を受けなければならない。いいだろうか。そんな内容だったと思う。

 頭を下げられたのはその一度だけ。
 謝られたことは一度もない。

 父さんは酒が好きで、飲むよりもあれは完全に飲まれてるタイプ。自分もそのタイプだけど、20歳の正月に祖父母の家で泥酔しまくったあと、悪夢のような吐き気に襲われてからは抑えるようになった、と思う。父さんは僕が子供の頃から、毎日のように酔っ払って帰ってきていた気がする。興が乗ったときなどは折詰なんかもぶら下げて帰ってきた。折詰めの中身(寿司)も楽しみだったが、いっしょに付いてくるポチ袋の5円玉も密かな楽しみだった。
 まあそれはともかく、その上機嫌ぶりは僕が高校に入ってからもまだ続き、ある夜なんかは吹雪の中を最終バス停留所から歩いて帰ってきた。や、それは普通なんだけど、玄関に倒れこんだ父さんの足元を見ると既に靴下。父さん、靴は? あー、途中で置いてきた。置いてきたじゃねぇだろうよ。

 僕は大学へ進学した。
 その頃、身体を動かすことに目覚めた父は自転車通勤を始めた。確かに冬場はクロスカントリー(歩くスキーとも言う)にここ数年参加してたから、その延長なんだなと僕は思った。でも心配事が一つ。
 父さん、まさか飲んだ状態でチャリで帰って来ないべか。
 大学に入った頃になると、子供の頃に比べて忠告の一つや二つは出来るような度量がやっとついてきたので、それは父さんに言っておいた。父さん、飲んだらチャリ漕いで帰ったらダメだよ。

 察しのいい方ならば想像がつくだろう。
 大学2年のある初夏の日、その夜は小雨が降っていた。父は0時を過ぎても帰ってこない。まあ、酒を飲んで盛り上がってしまえば、ありえなくもない時間ではあった。時間ではあったが、心配事が一つ。確か今日の父さんはチャリだったよな。そう思いながらも、家族はみな眠りについた。帰ってくれば、母、私、妹1号、妹2号の誰かが玄関まで出て行って、靴を引っぺがし、居間へ引きずり込み、靴下を引っぺがし、後は本人の意思でというのがパターンだったから。タクシーで帰ってきたときは運転手さんと2人でタクシーから父を玄関まで運ぶ行程も入っていたが。

 電話は丁度このテキストを書いてるような深夜に鳴った。午前2時前。
 なにぶん深夜の電話、寝ていた家族、夜更かししてた私も電話に集中した。母が電話をとる。どんどん蒼ざめる。目は赤くなる。酔った父が、チャリごと橋の欄干に激突し、集中治療室に送り込まれたのだ。


 一命は取りとめ、数日後、僕は旭川のお祭りで街へ出たついでに病院へ寄った。
 大学の同級生と行っていた祭りをちょっと抜け出し、父さんが好きだと言ってた気がするフランクフルトと、まぁコイツからパワーをもらってよという願掛けもこめて、ビニールのウルトラマンの人形を買って見舞いに持っていった。
 集中治療室で見た父は、情けない格好になっていた。僕の姿を見て一言
 「お前の言う通りになっちゃったなあ」
 と力なく言った。その後は何を話したかあまり覚えていない。持ってったフランクフルトを置いて、ウルトラマンを点滴のフックにぶら下げておいた。それから、母さんは何て言ってるかを訊ねた気がする。


 数週間経って、父さんは家に帰ってきた。
 でも、病室で見たしおらしい姿はもう既になく、事故で失った握力と脚力でイライラしているのは十分判っているのを差し引いたとしても、なんというかとてもイヤなムードが家の中に漂っていた。

 退院初日に、妹2号が何かの理由で怒鳴られていたような気がする。父さんは、謝らなかった。

おひさしぶりですね

久しぶり


そして、あけおめことよろ。

って「ことよろ」もなにも、自分自身ブログ放置だったじゃないのさ。うん、そうなんだ、すまない。


mixiに入り浸ってました。

つっか、mixiに書いた日記をコピペするだけでも良かったんじゃないかと思う今日この頃。

約3ヵ月半ぶりにログインしたら編集画面(いま文章打ち込んでる画面ですな)が結構変わっててちょいと戸惑ってしまいましたよ。

まぁそれくらいの放置っぷりイェア!



2007年は


さぁどうしようかね。

とかいってちゃんとテーマはありますけどね。秘密です。


あと、ブログのジャンルをもうちょっと細分化しようかなとも。

読むほうが、というより、書く私のほうがそのほうが便利そうだと思ったので。

とりあえず新ジャンル「アスペルガー症候群」を追加しました。

先天的な脳障害の一種で、すごくわかりやすく言うと「相手の表情から心情を察することが苦手」とか「あるものごとに強いこだわりがある」とか「他人とのコミュニケーションがとりにくい」といった特徴が見られる障害です。

つーかWiki先生 見てください。


んで、私もそれだと、おととしの10月に診断されました。

それからの話をちまちま書いていこうかなと、思っています。

思うだけで終わるかも。


とりあえず、乞うご期待!

んじゃ。

まんがでまなんだえとせとら

※mixiで書いたのを転載しました。



5歳
 

「ドラえもん」で、地球の中心にはマントルとかマグマがあることを知る。ついでに、引力の存在も。
当時通っていた幼稚園の先生は、庭にあいてる小さな穴を指して「ここから手紙を送ると、地球の反対側のお友達のところまで届きます」なんて夢のあることを言っていたけど、正直「地球の真ん中まで着いたところで燃えちゃうだろ、それに、地球の真ん中から引力に逆らって手紙が地上に出てくることも考えられない」って思ってた。
口には出さなかったけど。

 

 
小学生

 
「あさりちゃん」で、作文の書き方の極意を知る。
「作文というのは題名をつけて、それに沿って書くものだ」と思ってた自分に、「作文というのは、とりあえず起こったことや感じたことをそのまま書いて、それに沿った題名を後からつけるものだ」ということを教わり、目からうろこが落ちる。
それ以来、作文に限らず文章を書く時はこの手法を今でも使っている。

 

 
中学生

 
「機動警察パトレイバー」で、「初期設定はものすごく大変な作業だ」という意識を植え付けられる。

さらに数年後、同マンガでOSの存在と概要をなんとなく知る。


で、この頃から読む本がマンガから活字にシフトして行ったんで、これ以降はマンガから特に影響を受けた、得たというものは少なくなっていった。

ただ、マンガでも何か得るものはあるけれど、マンガしか読んでなかったら作文能力や読み書きに窮することは必至なので、活字も読んだほうがいいっすよって、誰に言ってるんだろ。



今日はこんなところ。

と、日記には書いておこう。

捕獲メモ

今日の動向


朝からPCサポートの仕事。

初期不良交換した無線ルーターの配達と設定。

無線ルーターの設定そのものはすぐ終わったんだけど、ルーターの故障や修理でインターネットに繋げなかった間にあったWindowsアップデートが鬼のようにあったので、それで時間をとられてみたり。


仕事は昼前に終了。その後本日のPCサポートの仕事予定はなしなのでカエルメールを妻に打つ。

折り返しで電話が来て、昼食をどうするか聞かれたのでイオンに出向くことに。今日は火曜市なので、買い物も兼ねてゴー。


そのあと、妻の用事で市街地に向かい、久々に市街地に降り立ち喫茶店や書店に行ったりして帰宅。

帰宅後は夕食の準備とか夕食とか風呂とか。


で、今に至ります。

全体的に眠い一日だなあ…。



書店での買い物


タモリのジャポニカロゴス


タモリのジャポニカロゴス国語辞典

Amazonに画像がなかったので、自前で。


レギュラー放送前の特番で出題された問題もあればよかったのになあ。

緊張の度合いをあらわす言葉『アップアップする』『パニクる』『テンパる』の違いを演技で表したやつとか。

レギュラー化する前の問題、結構忘れてるものあるから補完したかったのに。


でも、第2弾が出たらまた買う本だろうなあ。1,000円て価格も手ごろだし。


 

 

小坂 俊史
ハルコビヨリ 3 (3)
 
先日買った「せんせいになれません 4巻」に比べると、ちょっとテンポが悪いかなぁ。
3巻から登場した新キャラがまだなじんでない感じ。4巻を待とう。いつ出るんだよ。

と、今日はそんなところ。

そう日記には書いておいて、このあと23時から「タモリのジャポニカロゴス」見よ。

四和音 三和音

四和音


弦楽四重奏によるドラゴンクエスト

すぎやまこういち, マティアス・ムジクム・カルテット
弦楽四重奏による「ドラゴンクエスト」
 
 
小西真奈美~! とか今まで騒いでましたけど、結局こっちを買いました。2枚組でございます。
第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ビオラで奏でられるドラクエの音楽。期待通り、城の音楽はいいですなぁ。あと、レクイエムとほこら。
それと、弦って弾(ひ)くだけかと思ったら弾(はじ)いたりもしてて。そういえばそんな奏法ありますよね。
ほとんど原曲に沿ったアレンジなんですけど、あえて2曲ほど原曲から崩したアレンジや変奏曲もあったり、ソロ演奏やカデンツァ(演奏者の妙技を披露するための即興部分)もあったり。いろんな演奏が聴けて面白いアルバムです。
 
トルネコの変奏曲はなかなか面白かったよ。
先日買った、金管五重奏とともに、しばらく車内ヘビーローテーションになりそうです。へい。

ちなみにアニメイトで買ってきたんですけど、アニメイト旭川店は1,000円ごとに1ポイントがポイントカードにつけられます。

で、このCDは3,990円。「4ポイント」になるには10円足りないので、しばらく買ってなかった成人向け美少女漫画雑誌10月号(380円)を買って4ポイントにいたしました。まる。


あー、エロ漫画は妻公認です。



三和音


そんで、妻


昨日、ひょんなことからドラクエの曲をMIDIで打ち込み始めました。僕とつきあう以前というか知り合う以前から、X68000で打ち込み音楽やっていまして、ひょんなことからその熱が再燃したというかさせたというか。


で、何かリクエストはないかということだったので、自分が持ってたファミコン版ドラクエIIIの音楽テープについてた楽譜の拡大コピーを渡して、城とか街とかの曲を打ち込んでもらいました。今日は戦闘のテーマをリクエストしました。

すぎやま氏の作ったメロディーにちょっと苦戦してたみたいですが、なんか表情が楽しそうです。


で、今はグラディウスのサントラについてた楽譜を渡して、ステージ1BGMと、ゲームオーバーとランキング曲を打ち込んでもらっています。

「楽譜のルールがなってない~!」と、たまに叫んでいます。ドラクエの楽譜よりもひどいらしい。


近日、ファミコン版ドラクエIVの音楽テープについてた楽譜もスキャンして拡大コピーしよう。



11日はこんなところ。

と、日記には書いておこう。


8日 さらにへこむ

さらにへこむ


8日のブログを書いてアップしようと思ったら、サーバーエラーで内容が全部消えました。

…メモ帳で書いてコピペしろってな。


そんなへこみ報告。


ちなみに内容は、

丸谷 嘉長
小西真奈美写真集 「27」
 
「小西真奈美写真集の評価をAmazonで見てみたら、褒めてるレビューよりも「残念だった」って内容のレビューのほうが支持されてたので、やっぱ買うのやめよっかな~と思いました。」

という内容でした。

まぁそれ以前に何度も二の足踏んでたんだけど。やっぱ3800円(税抜)って高いよ…。

2枚組のCD買えちゃうもん。ドラクエの弦楽四重奏とか。



といったところで

8日の日記穴埋め終わり。

9月5日の日記 タイトル「へこむ」

5日のこと

 

朝から仕事の日。

朝からキレのない日。

ちょっとトーンダウン気味の朝だったので、これではイカンと思い気分転換として車中で聴く用のCDを変えてみることにした。

 

篠原ともえ, (山本精一, 岡田徹, 伊藤俊治, 長谷川智樹, 小西康陽, ジオデジック, Buffalo Daughter)
MEGAPHONE SPEAKS
 
篠原が19歳のときに作ったアルバムで、当時僕は23歳。
 
当時「シノラー」と呼ばれ、元気全開なクルクルミラクルキャラクターをいったんおいといて、別な一面を見せ始めた第一歩のアルバムとして当時受け止めた。  
そして、陳腐な言い方だけど元気をもらった。「がんばってるなぁ、シノハラ19歳」って。
そんなアルバムを車に持ち込んでかけてみたんですが…
ダメだねえ(汗) 当時の思い出がじわりじわりと染み出してきて。
 
あの頃の自分、大学卒業したけど就職する気ゼロでそのまま無職になったり予備校生になったり郵便局の臨時職員になって張り切って働いた挙句カラダ壊して入院したり、そりゃもう迷走しまくってたんですよね。
 
そんな頃の自分を思い出しちゃって。外は雨だし、ますますダークに。

みるみるうちにへこんで、3曲目でCD変えました。

いつも聴いてるドラクエの金管五重奏のに。



 

それでも好きよ 篠原ともえ。



5日のことを思い出して書いた日記はこんなところ。

と、日記には書いておこう。

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