「老子」22章 「企つ者は立たず」 | 伝統呉式太極拳の修行中 @中野区

伝統呉式太極拳の修行中 @中野区

シンガポールでの太極拳修行を終え、本帰国しました。中野区鷺ノ宮で教室を開いて皆さんの健康に与したいです

今朝のブログを書いた後、まずはゆっくり本でも読もうという気分になり「老子」を読み始めました。不思議なもので、読み始めたのが、ちょうど自分の状態を表すような章でした。

 

「つまさきで背伸びをして立つものは、長くは立てない、大股で足をひろげて歩くものは、遠くまでは行けない。自分で自分の才能をみせびらかそうとするものは、かえってその才能が認められず、自分で自分の行動を正しいとするものは、かえってその正しさがあらわれない。自分のしたことを鼻にかけて自慢するものは、何事も成功せず、自分の才能を誇って尊大にかまえるものは、長続きしない。

 

それらのことは、根源的な無為自然の『道』の立場からすると、余分な食べもの、余計なふるまいというものである。余分な食べもの、よけいなふるまいでは、だれもがそれを嫌うであろう。そこで、『道』をおさめて身に付けた人は、そんなことは決してしないのだ。」

 

無理はしない、余計なことはしない。師匠から学んでいることは太極拳の技であると同時に、中国武術の伝統、考え方、生き方、だったりします。

 

ちょっと腰を落ち着けて、リラックスして周りを見回してみると、学べる題材がそこここにあるものですね。

 

(日本語訳は金谷治著「老子」によります)