戦後50年たった今でも、国内において戦争の傷跡が残っている。
不発弾として。
平成11年2月には三重県桑名の国道23号線の鍋田川での工事にて、不発弾(1000Kg爆弾)が爆発する事故が起き死傷者がでている。
工事内容は掘削をするための鋼矢板を打込みその時点では爆発せずに工事終了後の引抜き時に起爆したよう。
以来河川内の地中に関わる工事前には爆発探査が行われる場合が多い。地上に比べ河川内は地面が柔らかいため爆発せずに地中深くに突き刺さって残っているのからと思われる。
過去に三重県内で発見された不発弾。
S49.8.29~H18.2.14までに桑名群長島町で
1000Kg爆弾30発を始め、
桑名市で6発。
南牟妻群御浜町で1発。
三重群朝日町で1発。
度会群二見町で1発。
また250Kgが
四日市市で4発
計43発が発見されている。
※参考左から100Kg.250Kg.1000Kg右下の階段から大きさが推測できる。
今回のような工事にて橋脚までの河川内の仮設道路設置作業なんかを行う時、重機の運転手はまず河川内に電線や地下埋設物(ガス・電気・NTT・通信線など)の心配し聞いてくる。
オレ:それは大丈夫や、やけど爆弾掘り当てて爆発するとあかんで、1m以上掘ったらあかんぞなんて心配をしなくてはならない。
当然今回の橋脚耐震補強工事も河川内を大きく掘削し鋼矢板も9m打ち込むために爆弾探査を行う。
爆弾探査状況(ジェット水流により同じ深さまでほり、磁気探査装置にて爆弾の有無を確認する)
この探査費用約1週間で700万円。当然アメリカが払ってくれるわけもなく、公共工事であれば国民の税金から支払われる事になる。まあばかばかしい話だ。
まだ三重県はたいしたことはないが、やはり不発弾での問題は沖縄であろう。
1945年沖縄戦の3ヶ月間に沖縄に打ち込まれた砲弾・爆弾は、20万トンと言われている。
爆弾というのは性質上、5%は不発弾として残されるらしい。つまり1万トンの爆弾は、日本の1%しかない小さな島沖縄に残されたということになる。
1945年の沖縄戦終結から2005年までに7500トンが処理されたが、まだ2500トン近くは残っていて、(1000トンくらいは永久不明弾だという)
それは年月を経て地中に埋まっているので、全部撤去するのに80年以上かかると言われている。
ちなみに終戦後すぐの頃、地表にゴロゴロ転がる不発弾約3000トンを、
住民が素手で処理したとのこと。
沖縄では、今日も当たり前のように工事をする度に不発弾が見つかり、2007年には781件不発弾処理があったよう。
戦争はこの先も恐らく無くならないだろう。石器時代から繰り返される人と人との争いから考えても。いまも地雷におびえながら暮らしている人がいると思うと恐ろしくなる。
地球外生命体でも攻めて来ない限り地球人が一つになる事はないんだろうな。とふと思った。