今日健康診断に行ってきた。





健診センターの診察医って、医者じゃないの??





問診の時、こっちが具体的な既往歴を言っても、

名前聞いてぽかーんとしてたし、(むしろ知らないような顔してた)




レントゲンを『私が』指さして「ここです」って言っても、




知ってなかったみたいで、はぐらかされた。





しまいには、私に詳しいことをつっこまれることを恐れてか、



早口で終わらせようとして、1分で問診強制的に終わらせたしね。



あんなのあるー?




問診じゃないよあれは。





「異常なし。以上!」しか言ってないのと同じだよあれ。



私でも言えるわ。



質問しても、精神論語って、まとはずれな回答してきたし。







会社のための健診で言ったが、



知識ない医者が普通に存在してることが恐ろしいと思ったね。。。。







そして健診料は受けた質には程遠く、ひたすら金額が高いだけ。

いい加減なこと言っといて。健康診断に非ず



プロを語り、その技能を満たしてない=高いお金をもらう資格はない






自分はこうはなるまいと改めて実感したね。




どこいってもこんなもん??
























物事ってさ、





ベストなことがベストなタイミングで起こる、





いわゆる『縁』ってあるんだろうかねー。







人生の分岐点に立った時、

絶妙なタイミングで、突然道が拓けたりする。




もちろん、自分が苦しみもがき、

追い求めた結果によって得られる“光”のようなもの。


(自分で求めないものは、何も手に入れられないもんね)









自分の人生の波長とやってくる未来の波長がぴったりと合う時、ない?







『 自分は次ここへ行くんだ 』、って導かれるように、意識下でなぜか解かってしまっている時。





(なんかよく巷で耳にする、結婚した人の結婚相手に対する決め手みたいな。『自分この人と結婚するんだろうな~』みたいな感覚。)



引き寄せられるような感覚というか、相手との波長が合うというか。







絶妙なタイミングで助けてもらったチャンスを生かして、





次へのステップへ繋げたいと思う。


















ものの見方って、一つじゃないよね。



ある事実があったとして、その解釈範囲を10だとすると、

3が直感的に感じた感想だとしても、後7は別の考え方が存在する。




ある事象が起って、その人の見方によって事実は変わるということでもある。



例えば、①試合に負けたとする。

その事実は負の出来事に捉えられることが大半だと思うが、

裏を返せば、改善点を見つけて成長できるチャンスだもいえる。

悔しい思いや辛い思いが、自分を奮い立たせ引き上げてくれるのだ。





そして、②現状との別れ=新しいステージへの幕開けでもある。

今までのものを全部捨てて、新しくスタートできるチャンスを得たということ。




それから③大企業の採用活動時の書類選考なんかでよくある、

いつまでたっても返事が来ない=相手がそれだけ考えてくれてるかもしれないってことでもある。




常に「-マイナス」で考えられうる事象の裏に「+プラス」があるし、

「+プラス」の裏に「-マイナス」も存在する。




どちらに目を向け、どちらを採用して考えるかは、

常に自分の考え方次第だということだ。




つまり、自分の考え方次第で、

目の前に起る出来事に対して、




自分を不幸にも幸せにもできるということだ。






どうせなら、自分を幸せにする考え方を自然と出来るような思考回路を持ち合わせていることが、誰にとっても、望ましいよね。



どっちにしろ、考え方は一つじゃないし、どう考えるかも自由だし。