さてさて、プライベート禊神行ツアー編In出雲でございます。
米子で集合です。そこから先ずは、今回プライベートツアーになるので、お客様のカルマにも必要な場所も訪れ無くてはならないので、今回はギリギリまで迷ってしまいました。
その場所は米子にある粟嶋神社です。
ここは、8代目出雲副官八重事代主様が幽閉された場所と出雲族からは言われて所です。
ある意味その怨念を供養する為に作られた神社(マサ解釈)。
出雲族の真実の話を知り、この場所をようやく訪れる事が出来たのは、数年前。参った時、突然の物凄い豪雨でした。
出雲の神行を終え美保神社へ向かう前、晴れてのに、近付くに連れて突然豪雨になっていき、おまけにその辺り霊道だらけと言うか、この辺り一帯がお化け屋敷的なエネルギーで、ココは樹海ですか!みたいな、事故多発地点になってもおかしく無いぐらいな状態だよなと思ったのを記憶しております。
八重事代主様が監禁された洞窟がここにあります。八百姫宮と言う裏側にある所が洞窟の入り口らしい場所で、八百比丘尼(やおびくに)伝承があったり、即身成仏の為に籠った場所だとか。
ここで降りしきる雨の中、禊たしてたのを思い出します。
雨なので線香は焚けないけど、焚かないと絶対無理、必要なので焚いた線香が消えないように傘をさして、ワタクシはずぶ濡れ状態(笑)。黒い大蛇なのか大百足なのか、、、。
祷終わると雨も嘘のように止み、晴れ間が出たのを覚えております。そして美保神社にいき宮司のご祈祷を受けた時に、姫が出てきて丁寧にお礼を言われたのを思い出します。
そこから、八重事代主様のお子様達の神行が始まって、
今はだいぶ綺麗になってて大丈夫なのですが、お百度参りとか願掛けの方が多いのも納得する場所です。
効くと言うより引き寄せるのだと思います。とても呪術的な場所です。
余談ですが、和歌山にも粟嶋神社があって(マサ的にはここの分家だと思ってます。)、(雛)人形供養が有名です。年に1度集まった人形をご供養する神事があります。思いの供養ですよね。。。(@_@;)
参加者のお一人がここと確実に関係していると思い、お連れさせて頂きした。
出雲ツアーはここのカルマの欠片を解消して頂く事で、その方や出雲の土地もクリアになっていくそんな目的であります。
どうやらここで過去生の時、皆の願いを叶える為に呪術的な事をされてたようです。
呪い解除とその掃除。その前世の方の影響が強く残っているわけです。
直接でなくても、同じ周波数の出来事のカルマ解消を期待できるので、参加者皆様には反応満載の場所となりました。かなり深いワークが出来たようです。そしてなによりも結果解消されて良かったです。
つまり
ここのいくつかあるキーワードがワークに使えるわけです。
人間故に、悔しさから呪いとなるような思いを人は誰しも持った事があります。
この場所で、そんな引き合う思いを共鳴させる事で、内側にソレを見つける事が出来る。
必然的に共鳴し限定され視えてくるはずなので、後はワークして昇華させていきます。
色々ワークされてきた方のご参加なので、こんぐらい深い恨みの念ぐらいしか、もう共鳴しなくなっているのでね。
軽い症状の方はお連れしない場所ですけどね。(^o^)
のっけからそんな濃ゆいワークの始まりです。ガハハハ~。スパルタよね。
必然的に八重事代主様流れ故の美保神社に。
皆様姫様を視られておりました。お苦労様でしたね。
そして本日の前半は【地の御前沖の御前】のポイントになります。コチラは地球の為の禊神行です。お力を使いお掃除お掃除。徳を積む事に繋がりますが、借金返済かもしれませんがね。
ワタクシの場合は懺悔の為の借金返済ですね。なので、褒められた事では無いです。
美保神社で挨拶をして、次の場所のサポートを頼み、小雨の中その場所へ移動。そこでは最大のゴミ掃除でございます。深い深い深層へ。
今回雨も降ってぬかるんでいるので、滑り落ちる確率高いので、今回は残念ですがいつも場所でなく、その上の場所から祷る事に。
ここは崖で亡くなる方が多い所なので、意識が中途半端だと憑依されるので、気を付けて下さいね~。正気を失い病院送りになる事もあります。
この世界では普通にあるのでね~、ご注意下さいませ~~ふふふ。
これが普通な感覚だと理解して無いと、参加したらいけないツアーでございます。
明日だったら快晴の天気予報だから崖下まで降りれてのに残念でした。
上からでも、ポイントの地の御前沖の御前と海は見えるので、そこに向かって雨の中祷ります。
ここで各自ワークをして下さりました。
終わってどうだったのかを伝えて頂き、必要なアドバイスをさせて頂いたのですが!何を聴いてたのか何てお伝えしたのかを全く覚えて無くて、今焦っております。
海の神として恵比寿天が鎮座する場所。ポセイドンの領域にも繋がる神域。
参加者様は良いワークが出来て解消できたみたいでした。良かったです。
その後境港に行って海鮮を食べて皆様大満足。
今年のカニは少し安いですね~。美味しそうでした。ですがワタクシあまり蟹運が無くて、悲しくなるんです。蟹座と仲が悪いのかしら。。星座占いだと、蟹座や魚座の水の繊細さや大切な領域を獅子座は無条理に悪気も無くぶち壊してしまうらしいですが、経験ありです(-_-;)。すみません。
さて ここから、
熊野大社と神魂神社へゴーでございます。
その移動中は車内でクリアリングです。
やっぱりやり残しがあったりしますので、それに引き受けた邪気邪念があったりすると次のワークがしにくくなる為に、クリアリングさせて頂きます。
ツアーではワーク仕放題です。逆にエネルギーが落ちるので人間的日常エネルギーには戻させません。霊的世界漬けでございます。何と楽しいツアーでしょう。
さてさて、熊野大社正殿には男性の神様がいらっしゃります。皆様視えたみたいで良かったです。ようやく帰ってきたかと声がしました(笑)。誰にでしょうかね。
次に、神魂神社の階段を上がっていくと、太鼓の音がなり、何方かのご祈祷が始まりました。
こんなタイミングの場合はよく歓迎されていると訳されますよね。
女神様が出迎えてくれました。我々は龍蛇神の荒神の場所にいき、祷らせて頂きました。
宮司や神官の存在は神との橋渡し。その権限を与えられた人の存在。
ご祈祷中はよりソコの神様が出現する確率が上がります。
ここの女官は、氏子をとても大事にされて方で、それ以外は愛想も糞も無いとワタクシは偏見をもって感じております。
とても大切に祝詞を唱えておられ、時間もかけて丁寧に。神のご利益も高いのを感じました。ココはそうやって守りて来られた特別な場所だと。
そんな恩恵のお零れをちょだいさせて頂きながら、ご祈祷の邪魔された時の殺気を起こさないように離れた所での祷らせて頂きました。この方はとてもサイキックで、感情がすぐ飛んでくるので、何度か飛ばされた事があります故。。何度かして下さいとお伝えするとここの神様達は苦笑されておりましたけど。
ここでもガチで祷りたい所なんだけど、日に3回が限度、場所は厳選されます。
この移動中にレムリアの象徴の虹が出て頂け、しかもタカラの字の上に(笑)。皆様感激でした。薄いし一瞬だけだったので、これ1枚。つか激写できませんでしたね。
ここでは熊野大社同様に出雲大社へ参らせて頂く事のご挨拶とそのエネルギーをオーラに付着する事がメインなので。そうする事で入り方が異なってきます。
実は出雲にも熊野大社の代用として万九千神社があります。ワタクシには熊野大社で充分です。行くならワタクシは富神社ですね。
さて、
時間もだいぶおしており、夕日を稲佐の浜でと思ってたんですが、ギリギリになり、そこから暗闇の中での祷になりました。
なので、逆に人がほぼ居なく、とても神域を感じながらの神行でした。
砂浜な線香を突き刺し、逆に暗闇では火の明かりが目立ってしまい通報されないかとビクビクでした(笑)。
人間がスピリチュアルの世界を学ぶ上で必要な事は、スピリチュアルの価値観を知らなければならない事です。
特に人間社会の価値観でスピリチュアルを解く事は出来ません。
概念が異なります。
我々はこの人間社会の常識で自分の気持ちをころして従い生き続けていくと、それが普通の価値観になり、間違ってるや可怪しいと思えなくなります。それが一般常識で正しいと思っているわけだから。
どの時代も、違うと言うと異端児扱いですよね。人間の悪魔の本質は、それらを廃除してしまう事です。そう悪魔が支配する世界。
つまり、人に強制し従わせるやり方がまかり通っている概念。それに抵抗せずに従っている価値観。
スピリチュアルは、その悪魔からの支配システムから解放する目的があるのですが、それに従って生きていると、洗脳され染み込みすぎて、可怪しいと思っても変えれ無いのです。年齢を重ねれば重ねるほど。
若いうちに気づき変容していかないと。
スピリチュアルが言っている魂の自分や直感とかに意識を繋げ直せ無いのです。
年齢を重ね、スピリチュアルの価値観に変われるとすれば、臨死体験か、視れるかであります。
自分で視るわけですから、後は信じれるかでありますがね。
スピリチュアルは自分に我慢させない事です。
つまり、
自分の気持ちを大事にする。
自分の心の声を大切にする。
自分の魂を傷付け無い。
結果、
【自分も相手も傷付け無い】。
それが一般常識になる事です。
スピリチュアルでは《愛》と云われるところです。
スピリチュアルでは
自分を傷付ける事が最大の悪で大罪だと考えます。
自分を傷付け無い選択肢。その言動をとります。
その為には先ずは自分の気持ちや心を声を自分が知っている事が条件になります。
この
自分の気持ちを大事にする。について補助的説明を少し。
気持ちを大事にする事と、次にそれをどう実行するかがとても重要になるのです。
例えば、
仕事行きたく無い、疲れるし嫌だと言う気持ちを大事にして、休みます。と実行したと。
スピリチュアルでは、気持ちを大事にしている事については、常識です。
ですが、
それで周りに与える影響を考えたますよね。
人間社会の常識では我慢する選択をさせます。
しかし
スピリチュアルは自己犠牲は違法です。
どうしましょう。
スピリチュアルでは、気持ちを素直に思う事はとてもとても大切な事で大事なことになります。
そして、そこからです。
【自他共に傷付け無い言動です。】
スピリチュアルでは、
仕事に[行きたく無い疲れるし『嫌だ』]は、疲れているので、
《その気持ちにアクセス》して、その気持をクリアすると、その気持ちが消えます。
疲れてるなら、瞑想や呼吸法で疲れにも光を入れてクリアにする。
そうする事で、
仕事に行く事が自分を我慢させるにはならなくなります。
つまり、
気持ちを我慢させてる訳では無いので、スピリチュアル的には違法にはなりません。
もし他の理由だったりするなら、それに対処対応する訳です。
自分の感じた気持ちや思い、心に嘘をつくこと、スピリチュアルでは最大の罪です。
正直な、素直な、真っ直ぐな、美しい心。
この美しいは嘘偽りなく裏表の無い純粋さ故の美しさであります。
だから神社仏閣では純粋無垢な子供のようなはしゃいだ幼稚な心が喜ばれるのですが。
*スピリチュアルでは、違います。
嘘偽り無い素直な気持ち、これをちゃんと思えるようになれるか、がスピリチュアルには大事なことです。
それが下品でもはしたなくても、罵りの糞でもです。
素直な気持なら純粋です。だから負の感情は強いのです。
スピリチュアルでは、そんな負の感情や気持ちも美しいわけです。
スピリチュアルは、そんな負の感情や気持ちを、外へ表現したり、そこから実行したりせずに、自分の中だけで解決し解消しクリアしましょうと伝えているのです。
負の感情は苦しんでいる気持ちで、その表現です。つまり自分が苦しんでいるのです。
スピリチュアルは
【自分を愛すること】。
愛してあげましょう、その気持ちを。
愛してあげましょう、その思いを。
愛しましょう、自分自身を。
我慢と言う押込める現実社会の悪魔のやり方で無く。
年齢を重ねると我慢が上手になります。
自分への嘘が常識になっていきます。
自分の正直な素直な気持ち。これを出させる為に、スピリチュアルではハートの開放と言う言葉を使います。
先ずはそこからだから。
特に人間社会の我慢制度中で生きてきたご年配の方には。
カルマ的に言うと、理由があるわけで、必要な体験をさせられているわけですがね。
だってそんな方ほど開放したら、魔王になる事が多いし、前世魔王だったし(笑)。
さて、脱線をしたので、続きは次回に。
つづく。




