イケメン戦国 〜豊臣 秀吉〜

本編 ご褒美ストーリー④

【当たり前の奇跡】


謙信信玄軍の拠点をあとにした私達は、信長様の待つ本陣へと向かって引き返し始めた。

秀吉さんは、私を背中から抱いて片手で手綱を握り、馬を走らせている。

(さっきの言葉、どういう意味だろう……)


秀吉:話は二人っきりになってからだ。ただし、話すだけじゃ、済まさないけどな


触れられた唇が今もまだ熱い。

:あの、秀吉さん……

秀吉:話はあとって言っただろう。今は、休んでろ

:うん

(そういえば、昨日は一睡もしてないんだった)

身体が、急に疲れていたことを思い出したように、重くなる。

夜が近づき、冷たい風が吹き付けるけれど、秀吉さんの腕の中は温かい。

(秀吉さんのそばに戻ってきたんだ、私……)

私は心地良い睡魔に襲われ、広い胸板に頭を預け、いつしか眠ってしまった。

その夜

秀吉:ー成程。で、謙信に佐助ともどもさらわれた、と

秀吉さんの天幕に呼ばれ、私達はお互いにこれまでの出来事を伝えあった。

信長様の待つ本陣は遠く、今夜は途中で野営することになったのだ。

秀吉:そもそも俺は安土を発つ時、『大人しく留守番してろ』って言ったよな?

:は、はい。言いました……

(覚悟してたけど、相当怒ってる……)

秀吉:やむを得ない事情があったことは、お前の文を読んで理解した。夢見たいな話だけど、お前が嘘をつくような女じゃないことはよく知ってる。だけど、謙信軍にさらわれたって知って俺がどれだけ驚いたか……

:本当に心配をおかけしました……

光秀さんが秀吉さんに文を届けて私の居場所を知らせたと聞いたのは、ついさっきだ。

(牢屋に入っているのに、どんな方法を使ったんだろう)

(驚いたけど……光秀さんも、私がいなくなることを心配してくれたんだよね)

(秀吉さんと光秀さんだけじゃない。織田軍の皆が心配してくれた…)

ありがたさと申し訳なさに背筋が伸び、正座した足を組み変える。

秀吉:おい、そろそろ正座はやめとけ。足が痺れたらどうする

:う、うん

声も表情も厳しいのに、告げられる言葉の全部が優しい。

(お小言が嬉しいなんて言ったら、不謹慎だよね……。でも、やっぱり嬉しい

私は秀吉さんのそばに帰って来たのだと改めて実感する。

秀吉:ー何よりも

秀吉さんが眉間の皺を深くし、重い息をつく。

秀吉:合戦の真っただ中に飛び込むなんて、無茶の極みだ

:うん……。二度としない

秀吉:当たり前だ。どうしてあんな無茶したんだ 

:敵の策略を、合戦が始まる前に秀吉さんに伝えようと思ってでも足が遅くて間に合わなかったの。ーごめん

秀吉:……謝るな

うめくような囁きが聞こえた直後、たくましい腕が私の背中に回り

(……?)

私はきつく抱き締められ、秀吉さんの胸にすっぽりと包み込まれた。

秀吉:心臓が止まるかと思った。お前を失うなんて考えられない。あんなこと二度と勘弁してくれ。頼むから

(秀吉さん……)

切羽詰まったような声に心を揺さぶられ、目元が熱くなっていく。

:……それなら、私も言うけど、敵の将に撃たれそうになった時、秀吉さん、私を身体で庇ったよね?あの時、私だって心臓が止まりそうになった

秀吉:……

私は顔を上げ、秀吉さんの頬を両手で挟み込んだ。

:私のために自分を投げ出すようなこと、二度としないで……

秀吉:……

頬を包む私の手に、秀吉さんが手のひらを重ねる。

触れ合った肌が、感電したように疼く。

(生きてるから、触れられる)

(生きてるから、こんなに、あったかい)

(当たり前のことだけど、ほんとは全然、当たり前じゃないんだ)

五百年の時を超え、命儚いこの乱世で、かけがえのない人に出逢って、生きて、こうして触れ合えた

(奇跡、みたいだ)

:秀吉さん。ずっと言えなかったこと、言ってもいい?

秀吉:駄目だ

:……

秀吉:俺から言う。ー愛してる。

恋焦がれた眩しい笑顔が、目の前で私だけを照らし出す。

:……ずるいよ、そういうの

(泣きたく、ないのに)

喉の奥で熱がふくれあがり、涙がこぼれ落ちた。

秀吉さんがどんな顔をしているか、ちゃんと見たいのに止まらなくて、すごく邪魔だ。

秀吉:ごめんな

:謝ら、ないで

嗚咽が漏れ、上手くしゃべれない。

頬を伝う熱い涙は、こぼれるそばから長い指先にそっと拭われていく。

秀吉:こーら、泣き過ぎだ

:ごめ、ん……。でも私、秀吉さんが、好きで

秀吉:……うん

:前から、大好きで……だから、嬉しくて

秀吉:俺も、同じだ

(どうしよう……。何言われても、嬉しくて、たまらない)

俯いて目をごしごしこすり、涙を押し込める。

泣き止んで目を上げると、秀吉さんが私を見つめながら、なぜか苦しげにまつ毛を伏せた。

秀吉:……ひとつだけ、舞に言っとかなきゃならないことがある

:……?

秀吉:お前を俺のものにしたとしても、俺の命が信長様のものであることは、変わらない。すまない

(それは……元々わかってたことだ)

私は真っ直ぐ秀吉さんを見つめた。

:秀吉さんは、大きな目標を一緒に叶えるために、信長様に忠義を尽くしてるんだよね

秀吉:ああ

:命を懸けてでも、やるべきことがあるーそうだよね

秀吉:そうだ

:私は、秀吉さんのそういうところもひっくるめて好きになったんだよ

秀吉:……………

:だから、秀吉さんが気にすることなんて何もないよ

秀吉:……

(秀吉さんが、秀吉さんだから、私はこんなに好きになった)

笑みがこぼれるけれど、反対に秀吉さんの顔が少し曇った。

秀吉:俺は……死ぬのが怖いと思ったことは一度もない。多分この先も同じだ。だけど、お前が大事になりすぎたから俺が死んだ時にお前が泣くかもしれないと思うと、それだけが怖い

(そんならこと、考えてたの……?)


秀吉:残していくことが怖い相手なんて、初めてなんだ

安土を発つ前、秀吉さんは苦しそうにそう言って、私にキスした。

そしてーいっそう苦しそうな顔で『忘れろ』と言った。

(そうか、秀吉さんは自分がいつ命を落とすかわからないから、私と距離を置こうとしたんだ)

(死ぬのは怖くないのに、私が泣くのは、怖いなんて)

愛おしさで胸が潰れそうだった。

これ以上なかないよう、お腹に力を入れて大きく息を吸う。

:じゃあ約束する。秀吉さんが死んでも、私は泣かない。秀吉さんがやるべきことをなすために、悔いなく生涯を捧げるなら、泣かないよ

秀吉:……信用ならない言葉だな、泣き虫のくせに

(……。やっぱり泣くんじゃなかった)

:もう泣かないように、頑張るから。元の時代には戻らない。秀吉さんのそばに、いてもいい?

秀吉:……ああ、俺もお前を離せそうにない。そばにいろ

:うん……

(よかった…)

秀吉:だいたい舞は、目の届くところに置いとかないと無茶するに決まってるからな

泣いたせいで乾いた私の目のふちを、秀吉が優しく撫でる。

秀吉:五百年先の世なんかに行かれちゃ、小言も届かないしお前を守る役目は他の誰にも譲れない。ーただし、

顎を持ち上げられ、鼻先が触れ合った。

秀吉:兄貴なんてつまらねえ役回りだけは今日でおしまいだ。ただの男として、お前が欲しい、舞

(秀吉さん…)

声も出ず、返事の代わりに目をつむる。

唇が重なり、吐息がとろけるように混ざり合った。

:……っ、は、ぁ……

ゆっくりと解かれ、奥まで探られ、溶けていく。

また涙がにじむけれど、悲しみのせいじゃない。

(私も……ずっと、秀吉が欲しかった)

(妹代わりなんかじゃなくて、あなたの、恋人になりたかった)

敷かれた薄い布団の上に、そっと押し倒される。

いつもは余裕めいている瞳が、夜の闇の中で、切なさを露にして光った。

秀吉:本当は、前からずっと考えてた。お前に口づけしたら、どんな顔するかなって

(……?)

どきりと鼓動が高鳴った瞬間、首筋にやんわり口づけられた。

:ゃっ……

背中が反り返り、恥ずかしいと思う間もなく、今度は着物の襟に指がかかる。

秀吉:お前に、触れられたら、どんなに、幸せかって

温かい場所を探るように秀吉さんの指が肌の上を滑っていく。

:……ぁ、あ

(声、だめ……)

唇を噛んで声を抑えるけれど、乱れる吐息はどうしようもなかった。

(言葉も、触れ方も、嬉しくて変になる)

無数の口づけと淡い愛撫に、身体の芯までぐずぐずにされる。

秀吉:ここも、ここも、ここもーお前の全部が、欲しかった。二度と離さない

:……うん。私も、離さない

(命ある限り、あなたと一緒にいる)

火照りきったふたつの身体を、重ね合ってー

その夜私は、偽物の兄を失い、生涯の恋人を手に入れた。