〜本編 5話 彼目線〜
【この世で一番嫌いなもの】
癒えないケガの痛みを全身で感じながら、家康は舞と布団の上に並んで座り、せきを切ったように、自分の過去を淡々と語った。
(こんな話、誰にも話したことないのに、なんで止まらないんだ)
幼い頃から何年も何年も、針のむしろのような今川家で、人質として暮らした。
国を守るためにひたすら屈辱に耐える、砂を噛むような日々だった。
(こんなこと話しても仕方ない。それに…舞相手に)
(弱くて、一人で放り出されたらすぐ死んじゃいそうな、こんな子に)
(この乱世を生き抜けないような弱い奴なんて、うとましいだけだ)
(なのに、なんで……)
舞は何も言わず、静かに耳を傾けている。
穏やかな沈黙に背中を押され、閉じかけた唇がまた開いた。
家康:今川家は信長様に滅ぼされて、俺は信長様と同盟を結んだ。今川の生き残りからしたら…俺は裏切り者に見えるかもね。ふざけるな、としか思わないけどね
(それで、俺を捕まえて袋叩きにしたなんて…)
(俺に言わせれば、逆恨みもいいとこだ)
舞は目を背けず、黙って話を聞いている。
抑制していた怒りが不意にほとばしり、身体じゅうの傷が疼いた。
(っ………本当に、ぶざけるなよ)
家康:そんな奴らにまた、さっさり捕まっていいようになぶられて…俺はー俺が、許せない
舞:え……?
驚いたような舞の声を聞きながら、自分の拳をきつく握る。
ー弱い奴が、昔から嫌いだった。
そしてこの世で一番嫌いなのは、こんなにも弱い自分自身だ。
(二度と踏みにじられないよう、鍛錬を重ねて、国をまとめて、戦を繰り返して…少しはましになったつもりでいた。でも、違った)
家康:今川が滅びて自由になった日、二度と誰にも屈しないって違った。なのに、まだ、こんなに、弱い。あっさり踏みにじられるような自分が、許せないんだ
行き場のない激しい怒りが、傷だらけの身体の中で暴れている。
(っ……もう、いい加減にしないと。舞に聞かせるような話じゃない)
(この子は…本来、俺とは無縁の人間だ)
燃えたぎる熱を、腹の底に押し込めようと唇を噛んだ、その時……
舞:家康さんは……すごい人です
家康:え……?
唐突に告げられた言葉が呑みこめず、家康は眉をひそめた。
舞:私だったら到底、そんなふうに思えません
舞の声には、今まで聞いたことのない力強さが宿ってる。
(何の話、してるんだ……?)
舞:ひどい目にあって、心折れずに何年も、何年も耐え抜いて…そんなに強いのに…自分を責めないで下さい
(…慰めてるくもりなのかな)
かすかな苛立ちと呆れが、家康の胸をざわつかせる。
家康:……俺の話、聞いてた?強くないから今、俺はこうしてまともに動けずにいるんだよ。あんただって見たはずだ。俺が、あいつらにどんな目に遭わされたか
舞:家康さんが敵に捕まったのは、ケガした従者を守るためでしょう…っ?弱いせいじゃないです
(それは…当然だ。あんたにはわからないだろうけど)
家康:……家臣を守るのは、強さじゃない。ただの義務でしょ。家臣を守った上で勝つまでが、将の務めだ
舞:それでも…っ
舞は眉を吊り上げ、挑むように家康を見つめた。
(舞……?)
その表情に同情や憐みは、欠片も見えず、ただただ、苦しげだった。
瞳を潤ませながら、舞がひと言、ひと言を区切りながら言葉をつむぐ。
舞:家康さんは一人で戦って、ひどい目に遭っても耐え抜いて…こうしてちゃんと、帰って来てくれたじゃないですか!
(は……?)
舞:家康さんの生き方は強いです。私が知る中で、どんな人より強いです
(…どうして、そんなこと言えるんだよ)
(さんざんあんたに冷たくして、突き離してきた俺を、どうしてそんなふうに…手離しで肯定できるの)
舞の眼差しには、怒りとやるせなさが滲んでいて同時に陽ざしのように温かかった。
あなたが生きていてくれて嬉しいと、全身で叫んでいるようだった。
舞:家康さんのどこが、弱いんですか
家康:まだ言うの……
(俺を慰めてるわけじゃなさそうだけど…)
舞を見つめ返すうちに、充満していた怒りが解け、妙に力が抜けていく。
家康:バカじゃないの、本当に
舞:バカじゃないです…!家康さんの強さは、私が保証します
家康:え……?
舞:私は何度も家康さんに助けてもらいました。家康さんがいなかったらー今、ここにいません。だから…っ自分のこと、そんなふうに、言わないで
(舞…)
自分への怒りが解けた代わりに、妙なざわめきが胸に広がる。
舞は今にも泣き出しそうで、見ていたくないのに目が離せない。
家康:……なんであんたが必死になってるの
舞:っ…わかりません
舞の目のふちに涙が盛り上がり、ひと粒、頬を伝ってこぼれ落ちた。
(なんで、泣くんだ)
(そんなバカみたいな底抜けの優しさ、俺に向けるな)
(俺なんかのために泣かないでよ)
心臓を鷲掴みにされたように、身体の真ん中が疼いた。
怒りでも苛立ちでもない温かな感情がとめどなく溢れ出す。
家康:ー舞
傷だらけの手で頬に触れ、舞の顔を上へ向かせた。
(…目、真っ赤)
家康:…ひどい顔
舞:…え
少し濡れている目のふちを、指先でそっと撫でた。
舞の瞳が光って見えて、目を逸らせない。
家康:わけのわかんないことばっかり言って……何なの、あんた
(ほっといたら死にそうなくらい弱いくせに、けなげで前向きで、いらいらする)
(あんたがへらへら笑ってるの見るとむず痒くくなる)
(わけのわからない理由で泣くし、わけもなく優しいし、本気でこれ以上関わり合いになりたくない)
(なのに、どうしてだ)
(今すぐこの子を抱きしめたくて堪らない)
空気が急に濃くなった気がして、息が上手く出来ない。
舞から目を逸らせないまま、家康の唇からひねくれた本音がこぼれ落ちた。
家康:舞といると、調子狂う







