イケメン戦国〜明智 光秀

【ときめきの瞬間本編4話彼目】ガチャストーリ①『罪なき嘘』


(さて、限界が来る頃か)

馬を止め、光秀は背後を振り返った。

:はぁ……っ、はぁ

美しい景色に見向きもせず舞を髪を乱し、馬上で肩を激しく上下させている。

光秀:よくついて来られたな、褒めてやる

:ありがとう……ございます

(実際、たいしたものだ。短期間でここまで成長するとは)

光秀は今日、舞の成長を確かめるために、遠乗りに連れ出した。

指南の成果は上々と言える。

光秀:そろそろ馬を休ませるか。ついでにお前も休憩するといい

:助かります……

湖のほとりに並んで腰を下ろし、喉を潤す馬たちを見守る。

舞の前髪を、風が悪戯に揺らして吹きすぎていく。

(…相変わらず感情が丸わかりだな、この娘は)

気持ちよさそうに目を細める舞の横顔を盗み見ていると、なぜか清々しい風が自分の胸にまで吹き込んでくるような心地がする。

光秀:これで、もうお前ひとりで馬に乗れるな

:命懸けの稽古の成果ですね……

(皮肉を言う余裕も出てきたか、よしよし)

光秀:よかったな、舞。短期間に効率よく習得できて

:よくないです……!

光秀:どうどう

笑ってあやすと、舞はふっと黙って目を伏せた。

(……おや、何か言いたいことがあるらしい)

光秀は片膝を立てて頬杖をつき、舞が口を開くのを待った。

:……結局、あの噂は事実無根ということでいいんですよね?

光秀:……?

:光秀さんが裏切り者だっていう、あの噂です

(昨日の話をまだ気にしていたのか)

光秀:食い下がるな、お前も

:疑ってるわけじゃないんです。ただ、光秀さんの口から真実が聞きたくて

光秀:参ったな……。舞かと思って連れてきたが、お前、変装した秀吉だったか?

:そんなわけないでしょう

光秀:にしては、言うことがそっくりだ

:見た目が全然違うじゃないですか…!

光秀:冗談だ。お前の方が秀吉よりずっと可愛い

:その比較、おかしくないですか…?

光秀:そうか?

むくれてる舞には申し訳ないけれど、光秀は愉快で堪らなかった。

(何度はぐらかそうと、この娘は懲りもせずに俺に向かってくる。駆け引きもせず真正面から。お陰で、毒気に抜かれる)

舞の素直さに浸っていると、日光浴でもしているかのような気分になる。

とはいえ、舞に事実を明かすつもりは毛頭ない。

(俺のような男に捕まって可哀想に。……まぁ、今しばらくの辛抱だ。じき、嵐がやってくる。こうして俺がお前に構うのも、今のうちだけだ)

ふと、胸の内側を引っかかれるような感覚を覚える。

けれど光秀の口元の微笑みが崩れることは特になかった。

:もう。どうして、まじめに答えてくれないんですか何を考えてるのか、一回くらいちゃんと話してください

光秀:逆に聞きたいんだが、どうしてそんなに俺の心を知りたがる?

話を逸らすために問い返すと、舞は思いのほか真剣に考え込んだ。

:どうしてってそれは……あれ、どうしてだろう

(やれやれ……どこまでも真っ正直な奴だ)

:うーん……強いて言うなら、光秀さんが本音を隠すから、でしょうか。隠されるから、知りたくなるのかもしれないです

光秀:なるほど

(謎掛けの答えが気になる子どものようなものか)

:あなたほど意地悪な人、私は他に知りません。ただ……意地悪だけど悪人じゃない気がするんです

(……………)

舞の視線が不意に、瞳の窓から心の奥底へ切り込んできたように感じ、口をつぐむ。

:あなたに怖い面があることは知っています。悪い噂もたくさん聞こえてきます。それでも私はあなたが善人だったらいいと思ってしまうんです。どうしてかはわからないけど

光秀:……そうか

(…俺の本音など知ってどうなる。いやそんなことは考えもしないんだろうな、この娘は)

武将1:知ってるか、娘。光秀殿は元々身分の低い牢人だったのだ。どうせ、信長様に媚びへつらい、汚い手を使って、今の地位にのし上がったに違いない

:……そんなことは、ないと思いますけど

武士たち:なんだと……?

:光秀さんは、それはそれは意地悪人ですけが、頭の良さや強さは本物です。実力に身分は関係ないですし、信長様が光秀さんを重宝してるのは単に優秀だからじゃないですか?

あの時、舞は震えながらも、一歩も引こうとしなかった。

(舞は己なりの義をか弱いながらも貫こうと戦っている。俺は舞が思ってるような、褒められた人間じゃないが……)

出自も地位も立場も抜きに、ただ人と人として、舞は光秀を直視しようとする。

真っ直ぐな眼差しがやけに眩しく思え、光秀は顔を湖へと向けた。

風が湖面を波立たせている。

心が、わずかに揺れているのを自覚する。

光秀:悪人か善人か、竹を割るようにスパッと分けられるものでもないだろう。俺の本質が善が悪かは、お前自身の尺度で見極めろ

そう告げると舞は質問をやめ静かになった。

光秀が伝えた言葉を、じっくり反芻しているらしい。

(久々だな……。何の思惑もなしに、思うままの言葉を口に出したのは。舞といると少々、調子が狂う。だがどうやら俺はそれが、不愉快でもないらしい)

光秀は自分の感情を俯瞰して分析することが習い性になっている。

久しく感じたことのなかった温もりが胸の奥にきざしているのを知り、そんな自分に少し驚いた。

光秀:ともかく、お前が無闇やたらと俺を心配していることは、昨日今日でよくわかった。ありがとう

:つ、いえ

笑顔を向けると、舞の顔がばっと上気した。

(やれやれさっきあれほど不躾に人の顔を見つめていたくせに、この程度で頬を染めるとは。そんな顔されると、からかいたくなるだろう)

光秀:お前がそれほどまでに深く俺を想っていてくれているとは知らなかった。気づかなくてすまなかったな

:深く想ってるって……その言い方にはちょっと語弊が……

光秀:そう照れるな。感謝の念を表して、抱きしめてやろうか?

:どうしてすぐそういう冗談を言うんですか……!

光秀:お前が意地悪をしてほしそうな顔をするからだ

:そんな顔、今まで一度もしたつもりないです

光秀:自覚がないのか?重症だな

惹かれるままに手を伸ばし、舞の頬のなだらかな隆起を、親指で撫でる。

舞の瞳が、徐々に潤んでいく。

(いい顔をする。……もっといじめてみたくなる)

:………っ、また、私をあやしてるんですか?それともこれも意地悪ですか?

光秀:さあ、どちらだろうな

(恐らく、どちらもだ)

舞をこの手で、ぐずぐずになるまで甘やかしてみたい。

じっくり追い詰めた後、壊れる間際に救い出し、泣き出す顔を見てみたい。

(……どうかしている。俺としたことが、油断した)

この世の暗部が自分の主戦場である以上、手に余る感覚が湧くことなどないよう、慎重を期してきた。なのに舞は突如暗がりの中へ光をまとって迷い込んできた。

(迷子は、いるべき場所へ帰さなくてはな)

光秀は舞の髪を絡めとり、つややかさを指の腹で味わってからゆっくりと手を離した。

光秀:さて、馬たちの元気も戻ったようだし、そろそろ帰るぞ

:……そうですね

立ち上がってからも、指先に残る感触を意識が何度もなぞる。

(思った以上に……俺はこの娘を、気に入っていたようだ。かといって、どうするというわけでもないが)

肩をすくめ、光秀は白銀の愛馬に飛び乗った。

光秀:舞、何を呆けている?置き去りにされたいのか?

:ち、違います!待ってください!

先に駆け出すと、すぐ蹄鉄の音が追いかけてくる。

:あの、光秀さん!

光秀:どうした?

危うげな手綱さばきで隣に並び舞がはつらつとした声を響かせる。

:いつもありがとうございます

光秀:……本当に、どうした?

:光秀さんのお陰で、馬に乗れるようになりました。他にもたくさん、出来ることが増えました。意地悪なところは改めて欲しいけど……とても感謝しています

(………この笑顔は、初めてみたな。まったく目の毒だ)

光秀:俺は俺の都合で、お前を監視しているだけだ

つとめて乾いた声を出し、そう告げる。

光秀にしては珍しく、罪のない嘘だった。

(都合など、本当は大してない。ただそばに置きたくて置いてるだけだ)

:光秀さんの本音がどうであれ、私はありがたいと感じたんです

光秀:……そうか

光秀は視線を前方へと戻し、速度を上げた。

かすかに血が沸き立つのを感じる。

この揺めきの先にある感情の名は、容易に予想がつくけれど

(必要ない。今のままでいい)

(しばらくの間、日なたで憩えれば……俺はそれで充分だ)

降り注ぐ日差しが湖面を輝かせていて、やけに目が痛む。

光秀が舞と出逢って、ひと月が過ぎようとしていた。