世界で二番目のバーテンダー。
みなさんおひさしぶりです。
桜の木も、至る所で色づき
桃色に萌える花が、咲いては散り、
路上にしきつめられた幾重にも重なり合う、刹那に染まる花びらの絨毯が
人々を送り、迎え入れるこの季節。
いかがお過ごしでしたでしょうか?
つい最近、あるドラマが最終話を迎えましたね。
リリー・フランキー著の「東京タワー」
このブログを御覧になられている方々はどう感じましたか?
僕自身は、あまり人ごとのように思えませんでした。
幸い、うちの父は家族のために一生懸命働いてくれましたが
残念な事に、母は僕が二十代前半の頃に他界しています。
偶然ですが、ドラマの中の「おかん」と同じ癌
スキルス性胃癌でした。。。
しかし、今回の記事はこの母のことではなく
母がいなくなってしまった事により、残された父と僕のことを書こうと思います。
そもそも僕は、若い頃ろくすっぽ仕事もしないで
波乗りばかりしていた時期がありました。
実家は自営だったので融通もきいたので。
お金も波乗りにかなり使いました。
ある時、昼間もっと波乗りしたいという事で
ひょんな事からかる~いのりで、バーテンダーになってしまいました。
父親はいきなりの事で、激怒して僕を家から追い出しました。
そのときの僕は持ち金5000円という情けない金額とサーフボードだけ持って
勢いで出て行ってしまい、なんだかんだ、すったもんだして
父親と仲直りをして今に至るのですが。
とある日実家に帰っていろいろ話していると、父が言いました。
「おまえ、酒作る仕事してるだろ?」
と聞いてくるので、当たり前のように頷きました。
そうすると父は、母のことを思い出したかのように
昔の事を語り出しました。
どこに行った、母さんは何が好きで何が嫌いで、若い頃はどうだとか
まるで寂しい自分を慰めるような口ぶりでした。
歳をとった父が本当に小さく見えた。
あんなに頑固で、威勢の良かった人間だったのに。。。
なんか悔しくて仕方なかった、母が生きていればと
数年前にいなくなったあの日から今日まで。
そんなことを思い話を聞いていると
父が手酌で酒を飲みはじめた。
酌をしようとしても、父は断りちびちびとやりながらこう言った。
母さんの注いでくれた酒が一番うまいと。。。
そのとき僕は思った。
この世に絶対に勝てない、僕よりも美味しい酒を飲ませる人間がいることを。
無論、母親であった。
お酒を専門に作る仕事をしていながら、父親にお酌の一つもさせてもらえない
自分に愕然とし、情けなさを感じてしまった。
僕自身の仕事を認めてもらう為にも、
お酌をすることは、父にしてやれる最高の親孝行だと思う。
そう遠くない未来に実現したいと思っている。
息子として、バーテンダーとして・・・
だがそれは父にとって、母が世界一のバーテンダーであり
息子の僕が世界で二番目のバーテンダーであって決して越えられないものだ。
ここだけは、母に花を持たせようと思う。
生前の親孝行もできなかったので、それに父もきっと納得するだろう。
そして今日もこれから先も、僕はバーテンダーをして
お酒を作り続けるだろう。
父のために世界で二番目のバーテンダーで居続けるために・・・
桜の木も、至る所で色づき
桃色に萌える花が、咲いては散り、
路上にしきつめられた幾重にも重なり合う、刹那に染まる花びらの絨毯が
人々を送り、迎え入れるこの季節。
いかがお過ごしでしたでしょうか?
つい最近、あるドラマが最終話を迎えましたね。
リリー・フランキー著の「東京タワー」
このブログを御覧になられている方々はどう感じましたか?
僕自身は、あまり人ごとのように思えませんでした。
幸い、うちの父は家族のために一生懸命働いてくれましたが
残念な事に、母は僕が二十代前半の頃に他界しています。
偶然ですが、ドラマの中の「おかん」と同じ癌
スキルス性胃癌でした。。。
しかし、今回の記事はこの母のことではなく
母がいなくなってしまった事により、残された父と僕のことを書こうと思います。
そもそも僕は、若い頃ろくすっぽ仕事もしないで
波乗りばかりしていた時期がありました。
実家は自営だったので融通もきいたので。
お金も波乗りにかなり使いました。
ある時、昼間もっと波乗りしたいという事で
ひょんな事からかる~いのりで、バーテンダーになってしまいました。
父親はいきなりの事で、激怒して僕を家から追い出しました。
そのときの僕は持ち金5000円という情けない金額とサーフボードだけ持って
勢いで出て行ってしまい、なんだかんだ、すったもんだして
父親と仲直りをして今に至るのですが。
とある日実家に帰っていろいろ話していると、父が言いました。
「おまえ、酒作る仕事してるだろ?」
と聞いてくるので、当たり前のように頷きました。
そうすると父は、母のことを思い出したかのように
昔の事を語り出しました。
どこに行った、母さんは何が好きで何が嫌いで、若い頃はどうだとか
まるで寂しい自分を慰めるような口ぶりでした。
歳をとった父が本当に小さく見えた。
あんなに頑固で、威勢の良かった人間だったのに。。。
なんか悔しくて仕方なかった、母が生きていればと
数年前にいなくなったあの日から今日まで。
そんなことを思い話を聞いていると
父が手酌で酒を飲みはじめた。
酌をしようとしても、父は断りちびちびとやりながらこう言った。
母さんの注いでくれた酒が一番うまいと。。。
そのとき僕は思った。
この世に絶対に勝てない、僕よりも美味しい酒を飲ませる人間がいることを。
無論、母親であった。
お酒を専門に作る仕事をしていながら、父親にお酌の一つもさせてもらえない
自分に愕然とし、情けなさを感じてしまった。
僕自身の仕事を認めてもらう為にも、
お酌をすることは、父にしてやれる最高の親孝行だと思う。
そう遠くない未来に実現したいと思っている。
息子として、バーテンダーとして・・・
だがそれは父にとって、母が世界一のバーテンダーであり
息子の僕が世界で二番目のバーテンダーであって決して越えられないものだ。
ここだけは、母に花を持たせようと思う。
生前の親孝行もできなかったので、それに父もきっと納得するだろう。
そして今日もこれから先も、僕はバーテンダーをして
お酒を作り続けるだろう。
父のために世界で二番目のバーテンダーで居続けるために・・・