一昨日の3月3日は母が亡くなって10年の命日。


母子家庭だったこともあり、いろんな面で苦しむ事も多い10年だったなぁと思います。


当時、17歳だった私も27歳。

親孝行も娘の立場からすれば全然出来ていないし、社会人に変わっていく時期だからこそ過ごせる時間もあったはずで。


だからこそ友達が羨ましくて、それを見聞きするのが辛くて苦しくなったり、時には黒い感情が生まれたりすることも多々ありました。



それでも変わらずいてくれる友達が多かったことは改めて感謝だし恵まれているなぁと思います。




それからこの10年の中で私は祖父母の介護も経験して、色んな事を犠牲にもした10年だったなぁとも思っています。


この境遇を恨んだことも正直山程あったし、周りの人だけが幸せに順調に人生を歩んでいるように見えて…

どんな言葉も綺麗事に思えて仕方ない時も沢山ありました。



そんな多くの感情や経験と時間を経て、色んなタイミングや私の意思が固まったこともあり、まだ祖父の介護は必要な状況だけど

家と介護から離れて自分のための人生を進むことを決めました。




その決意をし行動に移して、大枠が決まった頃。

そして、母の10年の命日を約2ヶ月後に控えた頃。

たまたまトップに載っていて読み始めた方のブログから1つリブログさせて頂きます。






このブログに出てくる『しおりちゃん』の生まれた日は3月3日。


母の亡くなったちょうど1年後のことで、ひなまつり🎎の日でもあります。




実は、ブログを見つけた時にどうして読もうと思ったのか分からず少し不思議だったのですが

『3月3日』という共通する数字があったからなのかもしれない…と今は思っています。

(本当に本当に勝手な解釈ですみません)



生まれた日と、亡くなった日が同じだなんて多分喜べる内容ではないけれど…

母の死から10年が経つ今だから読む必要があったブログなんじゃないかと。


あの頃の辛い気持ちを ある意味忘れてはいけないと感じたし、命に改めて向き合うきっかけにもなりました。





そんな大切な事に触れさせてくれた『しおりちゃん』ですが…

長い闘病の末に2月14日のバレンタインという、これまた絶対に忘れることのない日にお空に旅立たれました。


私は母が亡くなった時に、ひなまつり🎎なんて、そんな絶対忘れない日にしなくてもいいじゃん!と笑った反面

世の中が少し華やかになる日に、命日か〜と毎年思うのかなというちょっと複雑な思いもあったけど!


忘れないでよ!という最後のメッセージなのかなとも感じて

きっとこれも母の愛なんだろうと思うことにしてます(笑)



ひなまつりの日に生まれて、バレンタインの日に旅立たれた しおりちゃん。

直接会ったことはないけれど、私は絶対にしおりちゃんのことを忘れないし、毎年必ず思い出すと思います。



しおりちゃん、このタイミングで私に出会ってくれて本当にありがとう。


そしてそれはブログを発信してくださっているお母さまのおかげでもあります。

心からありがとうございます。



最後に、日にちが過ぎてしまったけれど

『しおりちゃん 9歳のお誕生日おめでとう💐』




※ 普段ブログを書いている訳ではないけれど、私の記録として残しておきたいと思い書かせて貰ったので、文脈も語彙もかなり乏しくて読みづらいと思います。本当にすみません。


私のこの記事を読む人はそういないと思うけれど、もしたまたまこの記事を通った方がいたら…


リブログさせて頂いた方のブログは、読んでいて気付かされる事がとても多いので是非読んで欲しいなと思います。