コート・スティーリング 1月13日、ユナイテッド

 

ダーレン・アロノフスキー監督は「ブラック・スワン」「ザ・ホエール」などでそのエッジが効いた描き方が見る者を驚かせてきた。今回の新作は身近な日常的な素材だが、やはり描き方は予想を上回る。

 1998年のニューヨーク。バーテンダーとして仕事をするハンク(オースティン・バトラー)はメジャーリーグのドラフト候補になるほど将来有望だったが、飲みながら運転していた車で交通事故を起こし、同乗者を失い、自分の膝に大けがを負い、夢が破れた若者だ。一家で応援している「ジャイアンツ」を話題に母親と毎日電話をするまじめさの一方、恋人のイヴォンヌ(ゾーイ・クラヴィッツ)ともうまくいき、あきらめの中にも生活を楽しんでいた。ある日、モヒカン頭の隣人のラス(マット・スミス)から突然ネコの世話を頼まれる。気軽に引き受けたが、悪党たちが隣の部屋にやってきて、ハンクに殴る蹴るのけがを負わせる。だが悪夢は一度で終わらなかった。

 題名の「CAUGHT STEALING」は盗塁死。主人公の設定からも分かる通り、野球がらみの物語でもある。路地で子どもたちが野球を楽しんでいるところに、ハンクが子供のバットを奪うシーンなんてのもある。主人公は膝にはけがの跡があるが、上半身はムキムキ。野球選手はこんなにムキムキでなくてもよさそうだがね。米国映画の主人公がやたらムキムキで、やたら裸を見せたがるのは若干鼻白むが。オースティン・バトラーはバズ・ラーマン監督の「エルヴィス」(2022)でブレイクした俳優。今作は一見無軌道ぶりだが、反面、猫をかわいがりながら母親を愛す家族的な部分をうまく表現して、なかなか愛されるキャラクターを作り上げ、好感度を大アップさせている。 それはそうと、悪党たちはいわゆるマフィアとも言えるが、出身はウクライナとユダヤだ。今日的に意味している部分があるのだろうかね。いずれにしても極悪なのだが、驚くのは銃をぶっ放し、相手以外の周辺もどんどん殺すシーンが満載だ。イヴォンヌ役のゾーイ・クラヴィッツも最初から濃厚なベッドシーンを見せるのに、割と早い段階で無慈悲に殺されてしまう。俳優だけでなく監督でもある期待の彼女だが、ちなみには父はレニー・クラビッツだ。なお本作HPは父娘の姓の表記が合っていないので、このままにした。

 なかなかスカッとした映画で、ニューヨークの下町のバーの楽しさと猥雑さを楽しめる。

殺し屋のプロット

12月25日、サツゲキ

 

主人公の殺し屋ジョン・ノックス(マイケル・キートン)は認知症にかかり、急速に記憶を失っていった。医者からは数週間のうちにすべて忘れてしまうと言われる。身辺整理をしながら最後の仕事をしたが、誤って仲間を撃って殺害してしまう。その場を工作して去るものの、いずればれると分かっていた。突然、そこに長らく絶縁していた息子のマイルズが現れる。自身が殺人を犯し、助けてほしいと言うのだ。記憶が薄れていく中、最後の気力を振り絞り、息子のために完全犯罪の工作を仕込む。

 ノックスは二つの博士号を持つという殺し屋。金を貯め、引退間近だった。医者はアルツハイマー型の認知症ではなくクロイツフェルト・ヤコブ病と伝え、しかも急速に病状が進んでいるという。

 非常に分かりやすい展開だが、最初に驚くのは医者にかかかり、何枚かの絵を見せられ、名前を答えるように促されるが、車の絵を見ても「CAR」という言葉が出ないシーン。相当進んでいるという印象だ。そしてヤコブ病という病名を示される。あの薬害事件で出てきた名前だ。人から取った乾燥硬膜製品の一部が、ヤコブ病を引き起こす異常プリオンに汚染されていたということで大きな問題になった。薬害エイズ事件と同時期に表出した薬害だが、なかなかショッキングな病名だ。

 実はこの日はサツゲキでの上映の最終日。木曜は会員なら1200円で見ることができる日だ。木曜以外、シニア会員は少し前までは1300円だったが、今は1500円。それもあって木曜は会員で混む。28席のうち8割ほど埋まっていた。多くは年寄りだったが。ノワール物はやはり年寄りにきついという感じもなくはないが、素材が切実な素材だけに年配者は多いわけだ。もちろん、しっかりした筋立てだからこそなんだが。

 マイケル・キートンは監督・主演・製作を務めた。認知症、病気、別れた女房、距離を取ってきた息子、孫の存在、年寄りの性、仕事の失敗、友情などいろいろな要素が詰め込まれている。アル・パチーノが盟友役、元妻役でマーシャ・ゲイ・ハーデン、息子役をジェームズ・マースデンが演じている。日系の刑事役にはスージー・ナカムラ。それぞれいい役者なのは当然だが、スージー・ナカムラは見事だ。それに娼婦役のヨアンナ・クーリクも。

 それにしても原題は「Knox Goes Away」。当たり前の題だが、「殺し屋のプロット」とはなかなかな邦題だ。キートンは映画紹介のネット記事(映画com)で「殺し屋という仕事はノックスにとってただの生業にすぎず、映画の中心は人間関係になっている」と語っている。ノワールの中にうまく家族や友人の物語を生かして全く飽きさせない。サツゲキでの上映は終わったが、DVDなどでも今後機会があれば見てほしい秀作だ。

ジャグラー ニューヨーク25時

12月15日、シアターキノ

期待通りのスピーディーな展開。手作り感にあふれ、1970年代の匂いがプンプンする映画だった。

 ニューヨークに住む元警察官でトラック運転手のショーン・ボイド(ジェームズ・ブローリン)は妻と別れて以来、1人娘のキャシーと2人で暮らす。娘の15歳の誕生日、ボイドはバレエのチケットをプレゼントし、学校へ行くキャシーをセントラルパークまで送っていった。だがキャシーは見知らぬ車に引きずり込まれてしまう。目の前で娘を誘拐されたボイドは必死に後を追う。

 米国の作家ウィリアム・P・マッギバーンの同名小説が原作。1978年7月に撮影開始されたが、ジェームズ・ブローリンが撮影中に足を骨折し中断。スケジュールの都合で監督はシドニー・J・フューリーから「刑事コロンボ」などを撮ってきたロバート・バトラーが務めた。

 脇は誘拐犯に「真夜中のパーティー」のクリフ・ゴーマン、警部補に「ゴッドファーザー」のリチャード・カステラーノ、元同僚刑事に「コマンドー」のダン・ヘダヤなど。今回4K修復版で復活上映された。1980年製作、101分。

 ジェームズ・ブローリンって「カプリコーン1」の飛行士役だ。カプリコーン1は77年に東宝東和50周年記念で先行公開された作品。本当は火星に行っていない

という、「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」につながる、いわゆる「月着陸陰謀論」に基づく映画。これもまた70年代の雰囲気満載なのだが、この映画の後に撮影しているという訳だ。なおジョシュ・ブローリンは最初の妻との間に生まれた息子だ。ジェームズはその後、バーバラ・ストライザンドと再婚している。

 カーチェイスはやはりスピード感一杯だが、地下鉄を含めたニューヨークの街を走り抜ける描き方がたまらない。風俗施設の描き方もとても下世話で楽しい。それにしても犯人役もちょっと行っている感がにじむが、元同僚刑事の狂った応対も見事で、最初に出てくる警察署のシーンで目を丸くして主人公に、ここで会ったは100年目とばかりに殴り掛かり、仕舞いには街中でショットガンをぶっ放すのがすごい。

 昨日、ユーチューブで「ヒルストリート・ブルース」を見た。80年代に日本でも放送されてよく見ていた。後の「ER」につながるような、一つの舞台(警察署、病院)をカメラワークによって場面展開し、その場面における主役が入れ代わり立ち代わり交錯しながらつながっていく。話の内容も見事だったが、カメラワークの展開にわくわくしたものだ。久しぶりに見た。過去映像が満載のユーチューブのすごい所だな。音楽担当のマイク・ポストの主題曲が耳に残る。これもまた放映には権利関係がいろいろ複雑なようだが、「ジャグラー」同様にもっと注目されていい。

「火の華」11月18日、サツゲキ

 2016年、PKO(国連平和維持活動)のため南スーダンに派遣された自衛官島田は現地で銃撃戦に巻き込まれる。仲間の1人が凶弾に倒れ、島田は少年兵を射殺した。さらに隊長も行方不明になる。だがこの「戦闘」は政府によって隠蔽されてしまう。2年後、島田は武器ビジネスに加担しながら花火工場で働き始める。親方や職人仲間に支えられていたが、ある日、隊長が目の前に現れた。

 何ともいい意味で複雑な気分にさせられた。まず、南スーダンへのPKO派遣を題材にし、自衛隊員の戦闘でのトラウマ、日本政府が考える平和国家としての建前と国民への情報提供など多くの要素を盛り込んだ。これについてはよくぞこうした面倒な素材をテーマにして製作した心意気を称賛したい。映画興行としては大変だろうということも含めて。

 自衛隊日報問題は明らかに政府の建前と本音の矛盾する動きによって引き起こされた。湾岸戦争の際、人を出さず、金を出したと言われた日本。金を出したのは立派ではないというのは言われる筋合いも元々ないと感ずるが、国際社会の中では肩身が狭かったことは事実だったろう。その中で、日本が国際社会の一員としてどのように責務を果たすかが問われたのが自衛隊の海外派遣だ。国連という戦後の日本が関与を深めた国際機関の活動、これを錦の御旗にして国内世論の鎮静化を目指したわけだ。そして自衛隊日報問題が起きたわけだ。

 自衛隊の海外派遣部隊が現地でのつづった日報について、フリージャーナリストから公表を求められたが、廃棄による不存在を理由に公表を避けた。防衛省、自衛隊がなぜ公表しなかったか。もともと自衛隊が海外で活動できるのは非戦闘地域に限るということで認められたが、日報には政府軍と反政府勢力の衝突が首都ジュバにも及び再び内戦状態に陥った状況との認識があり、それを「戦闘が生起」などの表現を伴ったという。

 PKO活動については「派遣5原則」が法律上に存在する。5原則とは 1紛争当事者の間で停戦合意が成立していること 2紛争当事者が平和維持隊の活動及び平和維持隊への日本の参加に同意していること  3平和維持隊が中立的立場を厳守すること  4これらの基本方針のいずれかが満たされない状況が生じた場合、撤収することができること 5武器の使用は要員の生命等の防護のために必要な最小限のものに限られること

戦闘状態ということなら、この1及び4に触れてしまうということだ。活動中にそうした事態に陥ったなら、すぐに撤退しなければならないはず。国会での説明がしにくいのは当然だが、日報がなくなれば追及されなくて済むとして、政府は「不存在」を主張したわけだ。だが後に存在が判明。シビリアンコントロールの問題も含めて、防衛大臣は辞任した。

 一線の自衛官にしてみれば、文章の存在、非存在を巡る国会での議論はともかく、5原則という縛りがある中で、派遣当初の状況、派遣期間中での状況はいずれも刻々と変わりうるのを身にしみて感じているだろう。そうした中で、政府がどれだけ一線の自衛官の安全に意を尽くしたいるのか、尽くしたのか、大いに気なっているはずだ。そう考えると、今回の映画の題材の背景に見えてくるのは、政府側が国会での追及を恐れて、現実に起きていた状況を完全に無視し、PKOという国際貢献の実績を上げることに血眼になっていることに現場は愕然としているのではないかということだ。そこを追及するのならこの映画の価値は非常に高いと感じる。

 ただし、やはり映画はエンターテイメント性も必要なのだろう、武器ビジネス、謎の第三国人の関与は少々理解しにくかった。裏に防衛省制服組への取り込みというインテリジェンスの類は面白いが、蛇足に感じた。

 まあ些末な部分はさておき、驚いたのはこうした随分と骨太のシナリオだが、自衛官のPTSDの問題をうまく使って、花火師という仕事を取り上げ、銃と花火につきものの「火薬」という共通の舞台を設定したことだ。花火師は絵にもなるが、話がウエットになりすぎるかと思いきや、意外と見ごたえがあった。花火師とはなかなか思いつくようで思いつかない。線香花火のシーンは親方とのシーンと後の南スーダンでのシーンがあるが、きちんと小さな話が回収されており、見事だ。それに長岡の花火を足元からアップで撮影し、演者の背景に満天の花火が広がる映像は、単純に感嘆に値する美しさだった。長岡の花火がすごかったのか、スタッフが良かったのか。両方良かったんだろうな。

 監督は小島央大。主演は山本一賢。集中力のある作品。20日で上映は終わるらしいが、宣伝しない割には思ったより人がいた。口コミなのかな。主題歌の「Flower」は大貫妙子と坂本龍一の2011年のアルバム「UTAU」から。新人監督には珍しい大物の曲。かなりいい。小島監督は音楽まで担当しているのが強みだ。1944年生まれ、ニューヨークで育ち、東京大学建築学科を卒業後、映画監督に。21年に初長編「JOINT」で新藤兼人賞銀賞受賞。今回、山本と組んだ長編2作目。楽しみな才能だ。

アマゾンビデオで「武蔵野夫人」を見ていた。大岡昇平の原作で、溝口健二監督、福田恒存潤色!依田義賢脚色だ。田中絹代、森雅之、轟夕起子、山村聡、進藤英太郎など。1951年の映画であり、まだ戦争のにおいがする。冒頭から都内の空襲を遠くに見るシーンがあり、森の軽口的戦争批判もある。終戦を境にしたアプレの自由さの裏の軽薄さ、それに抗う田中の演技が見ものだ。今では信じられないほど残っている自然環境の描写も興味をそそり、その美しさ、素朴さにより田中の純粋さが倍増して映える。そんな1本を見てすぐにNHKが速報を流した。「中国外務省 SNSで日本渡航を控える一方、在留者に身の危険を守るように促す」という内容だ。

 明らかに中国側による高市首相の台湾有事発言へのけん制だ。元々は自衛隊が集団的自衛権を行使する「存立危機事態」になり得ると答弁したこと。もちろん日本人なら誰しも台湾有事が大変なことが理解しているだろう。台湾と与那国島の間は110キロ。自衛隊にしてみれば一つの作戦地域にほかならない。だから平時であっても日本がしっかりと台湾を見る必要がある。ただ今回の発言は仮定の中で具体的に存立危機自体に触れたのが相手を刺激した格好だ。中国・台湾問題は米国だって戦略的曖昧さ(strategic ambiguity、 policy of deliberate ambiguity)をもってして進めざるを得ない。日本も同様なはず。だからこそ日中国交正常化後の政府の統一見解は、大平外相の発言にある通り「中華人民共和国政府と台湾との間の対立の問題は、基本的には中国の国内問題であると考えます。我が国としてこの問題が、当事者間で平和的に解決されることを希望するものであり、かつこの問題が武力紛争に発展する可能性は無いと考えております」ということだ。そしてこの発言の「基本的には」が味噌だ。

 つまり中国の国内問題とは、台湾海峡問題が平和的に解決される限りであり、武力行使が行われれば国内問題にもはやとどまらないのだということだ。1972年の日中共同声明を外務省高官の実務として担当した栗山尚一条約課長(のちに次官)が退官後の1999年に法学雑誌に寄稿している。この当時、私もいろいろ仕事上で記憶がある。日米防衛ガイドラインの改定がなされる前後だ。あえて具体的に言わず、「基本的に」でくさびを打つ。決して逃げではなく、バランスを損なわないある種の知恵だろう。

 もちろん、今回の発言以降も高市首相自身、従来の政府見解を変更するものではないと強調している。でもやはり誤解を生む。いや誤解ではなく、中国に好きに物を言わせるきっかけを作ってしまったというべきか。政治信条から国内外向けにもしっかりと自分の考えを伝えたいということは分かるが、スタートラインを超した途端のこの時期は少々早すぎたか。

 渡航自粛については日経が早い時間にアップしているようだが、日本国内にいる中国人への注意喚起まで言うのは日本国民全体への軽い侮蔑?とも感じるし、日中関係にとっても何とも嫌な感じがただよう。両国民、お互い冷静な対処が望まれる。市内に集うインバウンドはこの先、どうなるのだろう。嫌中感情をあおりかねない中国政府のコメントに惑わされず、両国民間の友好にひびが入らぬように互いにしっかり考えて行動することが大事だと強調したい。

gooから移動し、Amebaでブログを書きます。

私が興味ある分野の中から、最近の話題と言えば、ロバート・レッドフォード、9月16日、89歳での死去だろう。

中学生の頃、「スティング」(1973年)を見に行った。前売り券の残りをずっと生徒手帳に入れていた。当時はポール・ニューマンが好きで見に行ったわけだが、ロバート・レッドフォードも随分とフェバリットになったね。その頃は「ロードショー」なんかの映画雑誌を見ていたが、前作の「追憶」(1973年)も思い出す。

 76年公開の 「大統領の陰謀」も懐かしい。

 その「大統領の陰謀」では、深夜放送?の一つに小話があったのを思い出す。ホワイトハウスに縮れた毛が見つかった。「大統領の陰毛」をいう。こうした馬鹿な小ネタが今でも思い出すわけだ。

 デビュー作「サンセット物語」が1965年、「明日に向かって撃て!」が1969年。このころは映画ファンとはなっていなく、「追憶」「スティング」が中学1年だった。「華麗なるギャツビー」は74年、その後は高校生になり、封切りから遠ざかった。「コンドル」75年、「大統領の陰謀」、そして「遠すぎた橋」が77年。

 「出逢い」が79年、「ナチュラル」が84年、「愛と悲しみの果て」が85年。会社に入ったのが86年だから、この3作は予備校生から大学生の7年間での公開。少し本数が減ったね。なぜならば「普通の人々」が80年だから。自身の初監督作品だ。ドナルドサザーランドが主演し、アカデミー賞の作品賞、監督賞、助演男優賞(ティモシー・ハットン)、脚色賞の4部門に輝いた。彼は俳優として演技によるアカデミー賞は2001年の名誉賞以外は取っていないが、監督処女作での作品賞、監督賞は見事だ。「リバー・ランズ・スルー・イット」が92年、「クイズ・ショウ」94年、「モンタナの風に抱かれて」98年。監督としての力量は言うまでもない。クリント・イーストウッドと同じように並ぼ称される存在だ。

 演者として 「スニーカーズ」92年、「アンカーウーマン」96年、「スパイ・ゲーム」2001年、「オール・イズ・ロスト~最後の手紙~」13年、「キャプテン・アメリカ/ウインター・ソルジャー」14年。「ニュースの真相」15年、「夜が明けるまで」17年、「さらば愛しきアウトロー」18年。チェ・ゲバラの旅行記を元にした「モーターサイクル・ダイアリーズ」2004年では製作総指揮を執っているのも、彼の眼力のすごさを物語る。78年から「ユタ・US映画祭」を始め、今のサンダンス映画祭を開催してきた。もちろんサンダンスは「明日に向かって撃て!」の役名「サンダンス・キッド」にちなむ。1981年に若手映画人の育成を目指してサンダンス・インスティテュートを設立した。

 2000年代に入ると、彼の顔のしわは増していた。その中で、昨日、「夜が明けるまで」を見た。相手役はジェーン・フォンダ。公開時81歳と80歳のカップルだ。ギャツビーで見たぴちっとした白いスーツ姿から見れば、老いらくの恋なんぞはキャリアの当初から見ると想像つかない。だが、美男俳優の惜しげもない姿はなかなか胸に打つものがある。かつて新聞を頂点として成り立っていたマスコミの内部を描く姿がさっそうとしていたが、こうした老いを演じる姿に大きな拍手を送りたい。巧みに彼が目指した野球人、画家の素養も織り交ぜている佳作だ。

 彼は優しいまなざしを持ち続けた我々のヒーローだ。

7年前のブログを再掲する。人としての一つの原点を振り返る意味でも。

「母と暮らせば」12月13日、ユナイテッドシネマ札幌
「クロスロード」
「母と暮らせば」
1945年8月9日、長崎に原子爆弾が投下された。それから3年。助産師の伸子(吉永小百合)のもとには度々、息子の浩二(二宮和也)の許嫁町子(黒木華)がやって来て、家事を手伝ってくれた。町子は小学校の教師となっていた。ある日、伸子の下に浩二が現れる。以来度々現れて伸子とゆっくり話をする。そして町子の将来を案じ、良い縁があったら結婚をするようにと信子に伝えてきた。
 井上ひさしの戯曲「父と暮せば」。これに対になる作品を山田洋次監督が映画化した。
 「母べえ」など戦後を問う、最近の山田監督の連作の中でも出色だった。
 幽霊が出てくるからでもないだろうが、被爆の過酷な運命をなぞるかのような、ダークな色調が特徴だ。家の中には、赤い夕陽が射しても、依然として室内はほの暗いままだ。そこに当時の長崎市民の心象が浮き出ているかのようにも思える。
 出演者の米軍機の原爆投下のシーンなど珍しい映像が最初に出て来たが、それ以外は直截的に原爆の被害を描かない。正確に言うと、浩二が医学部生として講義を受けている場面があるが、それ以外、「悲惨」な場面はない。だからこそ、当時の状況、残された者たちの境遇を想像で補う必要があるだろう。

 CGも含め驚いた場面は多かったのだが、あの場面があったのは正直びっくりした。本田望結が出て来たシーンだ。彼女は町子の教え子という設定で、出征した父親の生死について、復員・援護関係の役所に祖父から聞いてくるように頼まれたのだった。これは私の中ではすごく有名なシーンとして記憶していた。山田太一編の「生きるかなしみ」(ちくま文庫)に杉山龍丸の文章として紹介されている。杉山(1919~87年)は夢野久作の長男。陸士、陸軍航空技術学校を経て、フィリピン隼集成整備隊長などを歴任。在学中に反戦運動を行ったこともあり、戦後は引き揚げ者のための「杉山農園」を経営し、アジアの貧困を憂い「国際文化福祉協会」を創設した。
 文章は復員の事務係の目線で語られる。以下少々長いが、後半を記す。場所は復員などを扱う事務所だ。
 
 〈前略〉
 その人は「ニューギニヤに行った、私の息子は?」と名前を言って、たずねた。友人は、帳簿をめくって、「貴方の息子さんは、ニューギニヤのホーランジヤで戦死されておられます」と答えた。その人は、その瞬間、眼をカッと開き口をピクッとふるわして、黙って立っていたが、くるっと向きをかえて帰って行かれた。〈中略〉
 私は黙って、便所に立った。そして階段のところに来た時、さっきの人が、階段の曲がり角の広場の隅のくらがりに、白いパナマの帽子を顔に当てて壁板にもたれるように、たっていた。〈中略〉その人の肩は、ブル、ブル、ふるえ、足もとに、したたり落ちた水滴のたまりがあるのに気づいた。
 〈中略〉
 次の日、〈中略〉私の机から頭だけ見えるくらいの少女が、チョコンと立って、私の顔をマジ、マジと見つめていた。〈中略〉
「あたち、小学校二年生なの。おとうちゃんは、フィリピンに行ったの。おとうちゃんの名は、○○○○なの。いえには、おじいちゃんと、おばあちゃんがいるけど、たべものがわるいので、びょうきして、ねているの。それで、それで、わたしに、この手紙をもって、おとうちゃんのことをきいておいでというので、あたし、きたの」
 〈中略〉私は帳簿をめくって、氏名のところを見ると、比島のルソンのバギオで、戦死になっていた。〈中略〉「あなたのお父さんは、戦死しておられるのです」といって、声がつづかなくなった。瞬間少女は、一杯に開いた眼を更にパット開き、そして、わっと、べそをかきそうになった。涙が、眼一ぱいにあふれそうになるのを必死にこらえていた。それを見ている内に、私の眼が、涙にあふれて、ほほをつたわりはじめた。私の方が声をあげて泣きたくなった。しかし、少女は、
「あたし、おじいちゃまからいわれて来たの。おとうちゃまが、戦死していたら、係のおじいちゃまに、おとうちゃまの戦死したところと、戦死した、じょうきょう、じょうきょうですね、それを、かいて、もらっておいで、といわれたの」
 私はだまって、うなずいて、紙を出して、書こうとして、うつむいた瞬間、紙の上にポタ、ポタ、涙が落ちて、書けなくなった。やっと、書き終わって、封筒に入れ、少女に渡すと、小さい手で、ポケットに大切にしまいこんで、腕で押さえて、うなだれた。涙一滴、落さず、一声もあげなかった。
 肩に手をやって、何かいおうと思い、顔をのぞき込むと、下くちびるを血がでるようにかみしめて、カッと眼を開いて肩で息をしていた。私は、声を呑んで、しばらくして、「おひとりで、帰れるの」と聞いた。少女は、私の顔をみつめて、
 「あたし、おじいちゃまに、いわれたの、泣いては、いけないって。おじいちゃまから、おばあちゃまから電車賃をもらって、電車をおしえてもらったの。だから、ゆけるね、となんども、なんども、いわれたの」と、あらためて、じぶんにいいきかせるように、こっくりと、私にうなずいてみせた。私は、体中が熱くなってしまった。
 「あたし、いもうとが二人いるのよ。おかあさんも、しんだの。だから、あたしが、しっかりしなくては、ならないんだって。あたしは、泣いてはいけないんだって」と、小さな手をひく私の手に、何度も何度も、いう言葉だけが、私の頭の中をぐるぐる廻っていた。
 どうなるのであろうか、私は一体なんなのか、なにが出来るのか?
 戦争は、大きな、大きな、なにかを奪った。
 悲しみ以上のなにか、かけがえのないものを奪った。
 私たちは、この二つのことから、この悲しみから、なにを考えるべきであろうか。
 声なき声は、そこにあると思う。
 
以上「ふたつの悲しみ」を紹介したが、編者の山田太一は冒頭にこう短く書いて紹介している。
「ただ闇雲に戦争なきをよしとする考えのグロテスクを知らないわけではない。このような肉親の別れは、戦争によらずともあるだろう。しかし、こうした記録を前にして、なお平然として沈黙を知らぬ人に、ひかえめにいっても私は嫌悪を抱く」と。

7月9日 札幌シネマフロンティア
1991年、ソマリアの内戦により反乱軍が首都のモガディシュを制圧した。韓国と北朝鮮の大使館の外交官とその家族の脱出劇を描いた。どうやら両国の関係者が生存している中、あまり公にならない理由もあったが、当時の韓国大使が事件をもとに2006年に著した本を原作にした。コロナ禍にもかかわらず2021年7月に韓国で公開され、前年度の韓国映画の最大のヒットとなったそうだ。
 リュ・スンワン監督は「ベルリンファイル」などでも知られ、アクションを描くのに長けた監督だ。期待に違わず、最後の脱出劇はなかなかの迫力だ。機関銃で撃たれれば逃走車両も穴だらけになるばかりか、車はパンクし、乗客は無事ではいられないだろうと思うが、どういうわけか逃げ切った。いや一人の犠牲者をのぞいては。どの程度本当なのかは置いておいて、映画的に楽しむことのほうが良いのだろう。
 それも両国の軋轢を描きながら、人物像も丁寧に描いたせいか、恩讐を超えて協力し合う姿勢が好ましく見えた。本当の内面は不明だが。北朝鮮の大使館を脱出してきた関係者が、韓国大使館に助けを求め、両国の関係者がろうそくの火の下で一緒にご飯を食べるシーンが印象に残る。キネ旬によると、監督は「一緒に食事もできないほどの争いに意味があるのか」という問いを投げ掛けていた。
 ちなみにロケはモロッコの港町エッサウィラをやっとの思いで見つけ、ソマリアを再現した。
 それにしても1980年代、韓国が国連加盟に必死になるため、アフリカ各国に援助をし、票を取ろうとする動き、そして中国も北朝鮮も独自のルートを広げるやり方に、アフリカが舞台になっていたことは、なるほどという感じだ。
丸5カ月アップしていない。映画ですか昨年はコロナで193本とついに200を切ってしまった。
いまどこかって。そう9月に引っ越した。札幌の近郊「江別」だ。ほど良さがあるまちで、悪くはないが、やはり刺激には乏しいな。
それでもこの年にしてはちょうど良いのかもしれない。
それでも疲れるね。いろいろありすぎるな。