アタシの母はリタリン依存症です。リタリンとは簡単に説明すると、病院で処方される唯一の覚せい剤です。


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入院して1週間後、仕事が休みの日に顔を出した。

顔の筋肉が垂れ下がって呂律が回らなかった母は随分回復していた。

ちゃんと話しが出来る状態になっていた。

院内の中庭には喫茶店があった。そこで働く人はほとんどが松沢病院の患者だった。
だからミスもしょっちゅう。
でもそうやって社会復帰していく人も多い。

いつも母に会いに行くと、アイスコーヒーを飲みながらタバコを吸って話しをした。

いろんな人がいる。

買物依存症。
アルコール依存症。
薬物依存症。
セックス依存症。
うつ病。
躁病。

中には妊婦さんでリタリン依存症の女の子もいたし、テレビショッピングを見て饅頭を200個も注文して奥さんと大喧嘩した人もいる。ブランド物を買いまくり自己破産した人、アルコール依存症で28kgしかない人。
ずっと同じ動きをし続ける人。
全指ない人。

皆様々。

皆なりたくてなった訳じゃないと思う。
本人ももちろん大変だけど、家族もそれ以上に大変だという事を理解して欲しい。

お金の事もあるけど、やはり一番は精神面。
息子さんが入院していてお母さんも入院してしまうケースもある。

アタシの母は理解してくれなかった。

『私は子供たちに病院に入れられた。』

出来れば

『あの時、子供たちが病院に入院させてくれたおかげで今がある。』

そう思ってくれたらいいなぁと思う。

車の運転の仕事だったし、あのままだったらいつか事故を起こしていただろう。


毎週休みはお見舞いに行った。

退院後またアタシが看る事になった。
アタシの母はリタリン依存症です。リタリンとは簡単に説明すると、病院で処方される唯一の覚せい剤です。


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躁病がひどくなった母は入院した。
あまり見たくなかった。
母なのに母じゃない気がした。
受け入れるのが辛かった。

アルコール依存症の病棟に入院した。

持って行った化粧水が没収された。
アルコールが含まれているからだった。
アルコール依存症の病棟はアルコールの入った物はもちろん、アルコールを連想させる物は持ち込み禁止。
塩辛もみりんを使っている事と酒の肴のイメージがあるので食べてはいけない。

アルコール依存症は薬物依存症より辛いと思う。
薬は手に入らない物もあるけど、アルコールは自販機やコンビニで24時間買えてしまう。
入院患者の中には、自分を抑制出来ずについ買って飲んでしまい、アルコールに弱くなる薬を飲んでいる為に具合が悪くなり先生に見つかるパターンが多い。
本人がどのくらい頑張れるかが治療において重大。

いつだか、お母さんと息子で外来に来ていた家族がいた。

息子は二十歳前後。

既に酔っ払っていた。
一度居なくなった。
戻って来た時、手にしていたのは缶チューハイ。
外来の待合室でがぶがぶ飲み干し、泥酔に近い状態。
『いい加減にしなさい!』
と怒る母親。

名前を呼ばれて診察室に入る。

『君、お酒飲んでるね?』

『うっせーんだよむかっ
看護師が待合室から空になった缶チューハイを先生に渡す。

『本人が治す気持ちがないならこちらは何も出来ません。お酒が抜けたら来てください。』

待合室にも響き渡る程大きな声。
出て行く息子。

『お願いですから!!』
土下座して泣きながら先生に縋り付く母親。

『決まりですから。』


どんなに家族が治してあげたくても、本人が治したいと言わなければ病院は何もしてくれない。それこそ、新手を使って自宅で暴れた時に警察を呼ぶしかない。


母は処方薬だったから、まだ良かったのかもしれない。

母が入院してしばらくして、新宿のクリニックの院長が逮捕された。
そしてリタリンがうつ病患者に出されなくなり、リタリンを扱える医師が特定された。リタリン依存症が増えてしまったからだ。

きっと母のように苦しんだ人たちは沢山いるだろうと思う。


母はまた1ヶ月入院した。
アタシの母はリタリン依存症です。リタリンとは簡単に説明すると、病院で処方される唯一の覚せい剤です。


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咳が止まらず、苦しかったのに病院にも行かずに
『作業所は休めない。』
と言って頑張りすぎた結果が肺炎を招いてしまった。


実家ではなくて、もしアタシが看ていたら違ったのではないか!?
現金を手にして生活していなければ躁病にならなかったのではないか!?
後悔していた。
本人の希望で実家に戻した結果が悪い方向に向いてしまった気がした。

入院が決まるとすぐに
『…薬がもうないの…明日外来の予定だったから…。』
担当医に電話をかけて、事情を話した。その担当医から今入院している病院に連絡を取り、薬の処方がされた。
精神科ではないのでない薬もあったが、他の薬で代用してもらった。

担当医から電話がきた。
『お母さんなんですが、肺炎で入院するのが4日くらいとの話しでした。退院したらすぐ外来に来ると思うので、その時の状態によりますが、また入院を検討してください。あまりいい状態とは言えません。』


4日後の朝母は退院した。

薬がないので翌日の朝病院へ行くと言って出掛けて行った。

担当医から電話があった。

『お母さんなんですが、やはりまた入院が必要です。来週からでどうですか!?

『お金の事もあるので、家族と相談してからまた連絡します。』

そう言って電話を切った。

すでに入院費用だけで100万円を超えていた。

正直な気持ちを言えば、一体いつまで続くんだろう…と何度となくため息をついた。
アタシだけではなく、弟や祖母達も同じ気持ちだった。
でも、母を助ける為には必要なお金だった。
また祖母の力を借りて入院させる事になった。

1年間の内で5回目の入院だった。