久しぶりに、北海道神宮に行ってきました。
桜が良い感じで、風と一緒にフワリと舞っておりました。
妻は私といるからか、いつもより、見えない世界の存在が分かっておりました。
あそこにいない?
と問われ
たしかに、存在する…
境内には、何組かの花婿さんと花嫁さんもいらっしゃった
どうぞ、皆様、お幸せに^_^
久しぶりに、北海道神宮に行ってきました。
桜が良い感じで、風と一緒にフワリと舞っておりました。
妻は私といるからか、いつもより、見えない世界の存在が分かっておりました。
あそこにいない?
と問われ
たしかに、存在する…
境内には、何組かの花婿さんと花嫁さんもいらっしゃった
どうぞ、皆様、お幸せに^_^
モーニングメソッドを読み、まずは実践だと考え行動してから、1ヶ月が経つ
かなり、以前から比べると、調子が良い
私は以前から、手帳に書き込んだり、運動したり、瞑想したりはしていたが、朝にはしなかった
モーニングメソッドを学んでからは、早朝には必ず目を覚まして、夜早くには床につく。
睡眠は7時間位は当たり前にとる事が出来ている。
モーニングメソッドの6項目は
1.瞑想
2.運動
3.イメージ(壁に貼り出したり、手帳に書き込みしたり)
4.アファメーション(口に出す)
5.読書
6.日記(感謝が好ましい)
だが、時間が厳しい方は、朝ではなくても良いのかもしれない。
自分の体験では、仕事から帰宅してからは、読書以外は難しい事が多かった。
私は朝が向いていた。
習慣が1ヶ月続くと、体が脳が当たり前の様に動くので、日中も楽だ。
時間が無いと言い訳ばかりしている方も、1項目1分から、自分がヤル気になれば、誰でも可能だ
見える世界(個人の)
を
変えるのは、自分しかいない
見えない世界(神でも先祖でも信じている何かでも)
は
支える
補助
はすれども、
決定し、
行動をするのは
己
だ
動かされ
シナプスが脳に影響し
反応するのも
己
だ
己を後悔ない人生を過ごす為
ズルくない生き方を過ごし(人を出し抜く人は、人にあらず、獣以下になる)
見えない世界はうまく使い
見える世界を生きる
健全な
精心
肉体
対人
恵財
が、己、には必要だ
ワヲンmakoto塾のお知らせ
5/19(水)午後13:45から、WEBで行います。
参加費は2,000円です。
siraishi2018@gmail.com
makotoより
急なお知らせにも関わらず、4名で課外授業を行った
内容は、祖、と、皇、の事を改めて知って頂く為に、まずは、国勢調査のデーターを生かした、人口の推移から説明した
鎌倉幕府の頃の日本の人口はどこくらいだったか?
終戦直後は?
この日本の人口がピークになったのは、どのくらいの時期か?
そして、高齢者の比率はどのくらいなのか?
2030年の頃には、どうなっているのか?
2050年の頃は?
2100年は?
祖、だの、皇、だのの、前に知る事が必要だと思い、参加者に知って頂いた。
この2500年の間の、祖、皇、の時代の中に生きる、我々は、どれだけ選ばれた命なのだろうか?
しかも、この日本という島国に生まれたと言うことは、どのくらいの幸運なのだろうか?
次のmakoto塾は、23日の予定だ(都合により、5/19(水)の午後からとなりました)
ただ、インプットするだけでは、普通の授業とは異なるので、個々にアウトプットもしてもらうのが、ワヲンmakoto塾の特徴だ
次の塾では、物、地、人、などの、それぞれ、参加者が感じる、エネルギーを審神者を交えて、塾を行う
人の寿命もほぼわかる
人の過去のターニングポイントも、おおよそわかる
人の繋がりも、ほぼわかる
糸さえ分かればだが。
訓練を積めば、誰でも、祖、皇、の違いは分かる様になる
あなたはどうですか?
siraishi2018@gmail.com
makotoより
人を殺す事はいけない
こんな事、誰でも知っている
自分で死を選び、死ぬ事
こんな事も、誰でも知っている
では、どうしてなのか?
を、答える事が出来ますか?
では、軽く(軽くはないけれど、柔らかくというか、表現が見つからないので)説明しますね
最初の、人を殺すと言う事が、どうしていけないのか?という事
それは、道徳の観念でも、勿論いけない事ですが
1番良くない事は、他人の寿命、やるべき事を、途中で終わらせる事だから。
赤の他人が、人の人生を途中で終わらせる事は、最も罪深い
地獄なんて、生ぬるい世界では無い
出来事を、味わうだろう
次に、自分で死を選ぶ事
これも、自分の寿命を、自分で閉じて終うことを意味する
寿命を全うしないのだから、先の他人の寿命を閉じる事と何ら変わりない
軽く
だが、重い話だ
最後に
人には、糸、紐、帯、がある
繋がりを、切るも結ぶも、自分次第だ
良いとか、悪いとか
は、その立場に立ってわかることであることは、わかっている
だが、当の本人からの、視点、想い、としては、如何なのであろうか?
例えばだが
自転車にうまく乗る事の出来ない子供
最初は、補助輪付きの自転車から始める
次に大人等が手伝い支えてあげる
さぁ、次は本番だ
多分、勢いが無ければ、自転車ごと転ぶだろう
痛くて、涙が出るかもしれない
でも、その涙を拭って、また自転車に乗る事を挑戦する
すると、最初の頃とは違い、なんとなくだが、コツを掴む
でも、また転ぶ
痛い
でも、痛みよりも、次には、次こそはと、自転車にうまく乗る事が出来るイメージと、なんとなくのコツが掴めそうな気がする
3度目のチャレンジだ
そっか、ペダルを強く漕ぎ、ハンドルを支えて、勢いをつければ、乗る事が出来るんだ
と、おそらくは、3回目くらいで、自転車に乗る事ができるのでは無いだろうか?
良いとか、悪いとか、は、他人が決める事では無い
本人が決める事だ
だが、相手を思い遣る、という気遣い、心遣い、も、そこには必要だ
どの様な事でさえも、自転車のように、自分で力強く漕ぐ事ができなければ、次の自分の位置には進めないのだ
これは、死んでからもそうだ
死んだ人間を思い続ける事
それが、実は死んだ人間に枷を付けている可能性も否定出来ない
思い、が
凝る、
霊
と書いて、思凝霊、と言う
思凝霊、は、いわゆる、幽霊とほぼ同一なのだが、御魂とは異なる
思凝霊は、生きている、人を動かす
死んだ人間をいつまでもいつまでも思い続ける事
果たして、死んだ人間のためだろうか?
そう考えて、死んだ人間の事を考えて頂きたい
そう願う