ワイオ理論と北海道ブログ

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伊達神社 http://www.hokkaidojinjacho.jp/data/12/12010.html


なんだろう?今までと違う感じがする不思議な神社でしたあせる 元気が無いような感じ汗


よそ者を受け付けないのかなぁ? あんまり積極的に来ない感じでした。


次に画像はないけれども、出羽三山神社北海道御分社。


色々あったけれど、ここでは出来事を伝えることを止しておきます。


その後、伊達邦成氏 が仙台藩が開拓地を求め着いた地、伊達市開拓記念館四つ葉


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伊達邦成さん

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上の写真、何か感じますか?

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開拓記念館の中では施設の方が、詳しく当時のことなどを教えてくれましたべーっだ!


そして、伊達宗城 さんをテーイさんでいらっしゃるJさんにご連絡を取らしてもらい(夜勤だったのに興奮しちゃってあせる)、仙台の伊達さんと別ということを初めて知りましたガーン


それから、北黄金貝塚 へ向かいましたラブラブ


先の施設で縄文時代を記す遺跡も少しあったので、色々お話をさせていただいたところ、もっと室蘭よりの場所に貝塚があることを教えていただきました音譜


以前行った、青森県の縄文時代を記す所とは全然違い、縄文式土器の作り方や、当時食べていた物もどうやら別のようです!?


青森県の施設に展示されていた土器は、表面に艶がありましたつぼ


それから、肉を食べていた形跡がありましたマンガ肉


対照的に、こちらの北黄金貝塚では、主に艶のない土器が発見されており、動物の肉の骨はほとんど展示されていませんでした魚の骨


私的なそれぞれの縄文時代の捉え方ですが、おそらく北海道の北黄金貝塚のあたりで発見されたのは、縄文時代(ワイオ的にはケツの時代で真昼の時代)であれ、歴史的に古く、青森県の施設があった場所はおそらく縄文時代後期ではなかったのだろうか?と推測できますほね



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なぜか竪穴式住居の周りには「カラス」がたくさんおり、近づくのは怖くてやめましたあせる


ワイオを学んでいなければ、縄文時代の事も、明治時代の事すらも興味を持たなかったであろう、私だが、そういう意味でもワイオを学んでいてよかったなって思いますクローバー


さてさて、明日はちょっとまた遠方へおでかけいたしますお出かけ


また、その様子をアップしようと思いますが、考えてから載せようかな足あと


では晴れ