体が不自由になると、

別の感覚が敏感になるというのは本当でした。


脳出血による重い後遺症を負った妻は、

その一つが「嗅覚」だった気がします。



「これ、フンフンしてみて」



自分の気になる"におい"があれば、

なんでも私に確認を求めるという。


まだ失語の症状が強い時期から

妻のそれは始まっていました──







特に自分の"におい"には敏感になるようで、ことあるごとに、ズボンや靴下、脇の下などなど、私に確認させようとしてきました。



ちなみに私は、

"におい"に鈍感ではありませんが、

よほどのことでない限りは、大して気にしないタイプです。


また、あえて妻が「臭うかも」と思うものを、嗅ぎたいという趣味も全くありませんでした。



正直に言えば、妻の要望の中では、

この「嗅いでほしい」は、避けたい部類の一つでもありました。



──



右半身麻痺の妻は、

起きている間はずっと右足に装具をつけ、

靴下も靴も履いたままで過ごしています。


それが臭わないわけがないことは、

私も100も承知していました。


けれど、その頻度はもっとも高く──



「これ、フンフンしてみて」

脱いだ靴下を差し出し。



「いや、今はちょっと……」

と言っても、



「これ、フンフンしてみて」



妻には障害による“こだわり”があり、

私が確認するまで諦めることはありませんでした。



なので私は毎回、

息を止めたまま顔を近づけて、

嗅いだフリ”をする必要がありました。


「大丈夫じゃないかなあ」と言えば、


「えー、臭いよ!」と妻。



だったら、確認させなくてもいいんじゃないか?

などと思いながらも、心にとどめ。



ただ、そのルーティンを一通り終えると、妻はどこか安心したようすでした。





残念なのは、妻には、

短期記憶の定着が難しいという高次脳機能障害があることでした。


つまり、この「においの確認ルーティン」は、とくに暑い時期には、

つい何度も繰り返されがちになります。



「これ、フンフンしてみて」


「大丈夫じゃないかなあ」



今年も暑い夏を迎える我が家では、

今日もこのやり取りが繰り広げられています






『臭いにこだわる妻』

 ── 繰り返される「これ、フンフンしてみて」【完】






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