3ヶ月近く前のニュースで恐縮なのですが、昨年お亡くなりになられた初代ゴジラのスーツアクター、中島春雄さんが今年のアカデミー賞で追悼されたということで、とても嬉しく思っています。
「ゴジラ」第1作は、昨年末に観たのですがそのときは消化しきれずに大したことは書けなかったのですが(「ゴジラ」その1)、その後何度も脳内で反芻する内に、
痛み
を感じる映画だ、と思うようになりました。
特に印象に残っている場面は、
ゴジラ襲来により、火の海になった町の中で、3人の子どもを抱えた母親が、
「大丈夫よ。もうすぐお父様に会いに行けるわ」
と子ども達に語りかけるシーン。
それから、野戦病院のように床に寝かされた大勢の怪我人。
そして、その病院で母親が息を引き取った途端に泣き崩れる子ども達(前述の親子と同一か不明)。
こうした部分にリアリティーを感じました。
東京大空襲から10年も経たずに制作された映画ですから、そこから来るリアリティーなんでしょうか。
っていうか、よくこんな映画作ったなと思います。
映像技術は現在の方がはるかに精巧なのだとは思いますが、観終わってから思い返したときに、現実味を持って思い出されるのは、圧倒的に初代ゴジラだと思いました。
この作品について考えていると必ず最後に行き着くのが芹澤博士の存在です。
芹澤博士はゴジラを倒すために命を落としますが、それは例えば「アルマゲドン」のブルース・ウィリスなどとは全然違っていて、芹澤博士はゴジラの死を確認したあと、帰れるのに敢えて帰還を拒みます。
そこにこそこの作品を作った人の思いが凝縮されているように思えるわけで、私はそれを痛みと感じるわけです。
もうこんな映画は作れないでしょうし、作れるようになってはいけないのでしょう。