このところちょっと忙しかったのでアップが3日ほど遅れてしまいましたが、先週の木曜日=3日のお話です。


熊本大学の教養教育・社会連携科目で映画文化史の授業が行われているのですが、何とこの私が講師として教壇に立たせていただくという事態が発生してしまいました!


…まあ、1回だけですが(そりゃそうだろ)。


しかもテーマは、拙著『絶叫!パニック映画大全』にちなんで(?)、「パニック映画」!(苦笑)

70年代のパニック映画ブームが、映画史の流れや当時の社会情勢を背景に起こったという事実を押さえながら、その代表的な作品の中から数本を選び、いくつかのシーンを見せる、という形のものでした。


実は私、大勢の人たちを前にして喋るのがコワいんです(笑)。皆さんのリアクションがはっきり見えるから、「あ、つまんなさそうにしてる…」とかいうのが見えると、途端に動揺して喋りがボロボロになってしまうのです。

しかも今回は今時の若者たち、しかも私よりはるかに成績優秀な国立大学の学生さんが相手です。それも(在籍数は)約240名!

どうしたものかと心配でしたが、まあ得意分野なんだから腹を括って普通に喋るしかない、と決心しました。

あと、ギャグと物まねはどうしようかと悩みましたが、軽めのギャグはともかく、他の教授の先生方も立ち会われるので物まねは自粛しました(笑)。まあ、精神的に余裕がなくて、ギャグもかませませんでしたが…。


映画文化史の講義を仕切っていらっしゃる慶田先生が笑いを織り交ぜながら私を紹介してくださり、この話術が必要なんだよな、ハードル上がったわ…と逆に動揺してしまい、いきなり教壇のテーブルの端っこに激突するという醜態で失笑を買ってしまいました(そういう類の笑いを取ってどうする!)。


70年代のブームに至るまでの映画史的流れを簡単に説明、いきなり私の心の映画『タワーリング・インフェルノ』から、ビルの落成式のテープカットから全館点灯の華やかなシーン、火災が発生してパーティ会場を最上階から1階へ移すように消防隊長のオハラハンがダンカン社長を説得に行くシーン、そして孤立した広報部長のビグローたち悲運のカップルの切ない最期のシーンを映写。この時代はCGがないから、セットに実際に火を放って、人が燃えるシーンも実際に火を点けていることを説明すると、皆さんビックリ。今はここから説明しないといけません。


続いて、地震国日本ならではのリアルな恐怖を題材にした『日本沈没』から、中盤の見せ場である東京大地震のシークエンスをほぼそのまま。グロ描写があるということを注意し忘れていたのは大失敗でしたが、丹波哲郎大先生演じる総理大臣が「国を守る、国民の生命財産を守るとは、一体どういうことなんだ?」と自問するあたりは、あまりにタイムリーでした。これもアナログのミニチュア特撮だったので、CGに見慣れた世代の反応が気がかりでしたが…。


そして最後に、70年代のブームの原点と言える『ポセイドン・アドベンチャー』から、ポセイドン号転覆のスペクタクルと、一番の泣かせどころであるベル夫人の活躍のシークエンスを。ここは特に女子の皆さんにも大いに受け入れられたようで、思い切ってここを選んで正解でした。


時間配分もメチャクチャで喋りもボロボロ、「あれも言わなければいかんかった!」ということが多く、反省点が山ほどありました。

しかし、学生さんたちの感想(出席した証拠として提出しなければならない)をいくつか読ませてもらったら、

「パニック映画というジャンルがあるのを初めて知った」

という声もあったので、そこから始めなければいかんかった!という反省もありました。その一方で、

「アナログだけど迫力があった」

「怖かったけど、登場人物の運命が気になるからきちんと見てみたい」

「昔の映画は撮影が大変だったということがよく分かった。昔の映画をもっと見てみたくなった」

といった声も多く、これこそまさに私が狙っていたこと(ついでに言うと、『パニック映画大全』の執筆動機でもあります)だったので、講義の質はともかく(苦笑)、目的は達せられたと思いました。

私の初講師を心配して見に来てくださった梶尾真治先生もそのように評価してくださったので、悔いは多々あるものの、何とか大任を果たすことはできたかなと思っております。


あ、ここでの講師は今回だけです(笑)。