ミスターYKの秘密基地(アジト)

1950年代、テレビの普及によって脅かされていたハリウッドの映画産業は、対抗策として大型画面を活用した作品を量産するようになりました。ネタ的に多かったのが、聖書ものとそれに若干カブるローマ帝国もの。
1959年の『ベン・ハー』がアカデミー賞を史上最多の11部門で受賞したことが追い風になって、この傾向は一気に加速しました。


しかし、人間ドラマの巨匠ウイリアム・ワイラーが精魂込めて監督した『ベン・ハー』はドラマ部分がしっかりしていたので質的にも充実していたのですが、他のこの手の大作は見世物的に売ろうとしていたせいか、仕掛けはデカいが中身がスカスカという、何だか私たちも最近リアルタイムで経験しているような残念な作品が大半でした。
おまけに、莫大な制作費がかかるのでよほど大ヒットしないと儲けにはつながらないので、この風潮は結構早く収束してしまいました。


ちなみに、イタリアなどヨーロッパの方が人件費が安い上に天候も安定しているので、これらの大作は大半がローマ近郊などヨーロッパで製作されています。
現地の映画人もスタッフやキャストとして参加、下積み時代のセルジオ・レオーネやジュリアーノ・ジェンマなんかも、助監督やチョイ役でからんでいます。


この時期、その流れに乗っていた映画人の一人が、史劇スペクタクル専門といっていいプロデューサーのサミュエル・ブロンストンです。
自身のプロダクションで製作した『大海戦史』をワーナーに、『キング・オブ・キングス』をMGMに提供した後も、上記のような理由でスペインに本拠地を置いて広大なセットを建設、61年に『エル・シド』、63年に『北京の55日』、64年にこの『ローマ帝国の滅亡』と、70ミリ映画の歴史スペクタクルを連発しましたが、上記のような状況でプロダクションは倒産。最後の作品は、『ローマ帝国』と同じ64年の、歴史スペクタクルとはちょっと違う『サーカスの世界』。
ただし、ブロンストン自身はその後もプロデューサー業を(たまに)やっていて、最後の作品は84年のフランス映画『フォート・サガン』。やっぱり歴史ものです(笑)。


前置きがずいぶん長くなってしまいましたが、『ローマ帝国の滅亡』です。
古代ローマ帝国の16代皇帝アウレリウスとその息子コモドゥスの時期、ローマ帝国が衰退に向かい始める様子を、ブロンストン史劇らしく史実を大胆に脚色(歪曲?)して描きます。
リドリー・スコットの『グラディエーター』と同じネタで、どちらも違う感じの脚色が加わっていますが、かなり似たストーリーになっています。


監督は『グレン・ミラー物語』のアンソニー・マン、撮影は『第三の男』のロバート・クラスカーと、『エル・シド』のメンバーが再び集結。
主演は、やはり『エル・シド』のヒロインでもあったソフィア・ローレンと、『ベン・ハー』の敵役メッサラで大ブレイクしたスティーブン・ボイド(本当は、『エル・シド』の監督&主演男女優を再び揃えるべくチャールトン・ヘストンに出演依頼がいったものの、ヘストンがこの題材に興味を示さなかったため、ベン・ハーがダメならメッサラに、というとんでもない流れになってしまいました。ちなみに、ヘストンは『北京の55日』の方に興味を示したため、そちらが先に製作されることになりましたとさ)。
翌年の『サウンド・オブ・ミュージック』のトラップ大佐役ででスターダムに上がるクリストファー・プラマーが、悪帝コモドゥスを憎々しげに演じています(『グラディエーター』ではホアキン・フェニックスが、これまた見事なイカレポンチぶりで好演してました)。
前半、ボイドとプラマーによる『ベン・ハー』もどきの戦車(馬が引くヤツです)競走のシーンなんかがあったりして、そのビミョーな出来に苦笑します。
さらに、アウレリウスを演じたアレック・ギネスをはじめオマー・シャリフとアンソニー・クエイルの『アラビアのロレンス』組を引っ張り出すなど、ブロンストン自身の作品も含めた過去の歴史大作のネタ&キャストの引用が目立ちます。
他にも、ジェームズ・メイスンやメル・ファーラーなど、ムダに(?)豪華なキャスト。


で、肝心の音楽です。上記の流れから、『エル・シド』や『キング・オブ・キングス』でブロンストン作品を手がけた巨匠ミクロス・ローザにも話がいったようなのですが、『エル・シド』で付けた音楽を勝手にいじられたローザ先生は激怒して「もうヤツの映画はやらん!」と断ったらしいのです。それで白羽の矢が立ったのが、これまた映画音楽の大ベテラン、ディミトリ・ティオムキン。ロシア人なのに『真昼の決闘』や『OK牧場の決斗』、そしてテレビの『ローハイド』と、西部劇の名曲をやたらと作曲している人です。
ヒッチコックやハワード・ホークスら巨匠監督とのコラボも有名ですが、重厚な作風から大作も結構手がけています。


この『ローマ帝国の滅亡』では、ロンドンのオーケストラ・メンバー100数十人(資料によって数字が微妙に違うのですが、だいたい110~130人ぐらいみたいです)という、これまたムダに分厚い響きの音楽を付けています。


(ちなみに、音楽も映画同様、ヨーロッパのオケの方が人件費が安く、おまけに演奏の技術も優れているので、作品のスケールに関わらず、この時期のハリウッド映画の音楽はロンドンはじめヨーロッパで録音したものが多いのです)


メインタイトルでパイプオルガンが荘重に奏でるメインテーマは、この映画のタイトルをうまく音楽にしたような、悲しみに満ちた旋律です。
他にも、ローマ帝国の栄光を表現したアレグロの明るい曲、北方の蛮族との激戦に付けられた戦闘のテーマなど、印象的な楽曲が多数あります。


この映画のサントラアルバムは、公開当時、ソニー傘下のコロンビアレコードからLPが発売されましたが、収録時間は約40分。
89年に、Varese SarabandeがCDで復刻。内容はアナログ盤と同じ。
90年代に入って、どこかの得体の知れん(笑)レーベルが、アナログ盤に未収録だった楽曲を追加したCDを出しましたが、これらの楽曲はモノラルでした。
何せ製作会社が倒産したこともあり、音源も散逸してしまったようです。
『エル・シド』も、当時MGMレコードから発売されたアルバム用の再録音音源しか残っていないようです。


今回のこのCDも、アルバム用ステレオマスター(音源は映画に使用されたものと同じ)、映画の音声から直接収録したと思われる短い楽曲、そして未収録のモノラル音源を集めたもので、それも全曲は見つからなかったようで、「完全版」とも銘打ってはいません。


ただし、大作映画の音楽をオリジナルの楽譜を基に再録音したシリーズを熱心に発売し続けているTADLOW MUSICが、約140分にわたるこの作品のすべての音楽を収録した2枚組のCDを発売しています(『エル・シド』も)。


一方、このCDを発売したLA-LA LAND RECORDSが昨年発売した『北京の55日』は、本編未使用曲も含めてほぼ全曲が収録されています。
20数年前、コロンビアが自社保有の音源を駆使して構成したティオムキンの作品集には、『北京』からはアルバム未収録だった楽曲もすでに収録されていました。
恐らく、『北京』の音源は、映画会社ではなくサントラの発売会社であるコロンビアが保管していたという、希少かつ幸運な例だったのでしょう(ややこしいのですが、たいていの場合、映画のオリジナル音源とサントラアルバム用の音源は別物扱いで、映画会社とレコード会社がそれぞれ保管するものみたいです)。


ただ、先ほど書いた「得体の知れないレーベル」は、同じ時期にブロンストン作品集のオムニバスを発売していて、そこにはアルバム用音源とは別の『エル・シド』の楽曲が中心に収録されていました。この音源の正体も出所もよく分かりませんが、オリジナル音源だといいなあ。


<LA-LA LAND RECORDSのHP>
http://www.lalalandrecords.com/FOTRE.html