新宿御苑前で
取材が終わったのが15時10分過ぎ。
そのまま上野へ直行。
お花見の、ものすごい人混みをかき分け
大急ぎで東京文化会館へ。
『東京・春・音楽祭』の最終日、まさにクライマックスとして
予定されていた『ローエングリン』が震災でキャンセルに。
その最終日に、まさかのステージが実現しました。
たった3日間だけ、スケジュールが空いていた
指揮者ズービン・メータ氏が急遽来日し、NHK交響楽団、
そして4人のソリストと東京オペラシンガーズによって
チャリティー・コンサートが開催されたのです。

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急に開催が決まったこのコンサート。
僕は幸運にも、数日前にTwitterでこの情報を知りましたが、
当日券も出るなど、一体どのくらいの人が、今回のコンサートを
知っていたのか、告知が十分にできたのか、ちょっと心配でした。
でも、実際に会場に入ってみると、空席はほとんど見つからず。
満員の観客で会場は埋まっていました。
16時。
N響の楽団員、合唱隊がステージに姿を
表わしたと同時に、会場内に拍手が湧き起こりました。
そして、ズービン・メータ氏が登場すると、
すでにブラボーの掛け声と、大きな拍手が。
演奏に先だって、冒頭にメータ氏の挨拶があり、
まず、全員が起立して黙祷。その後に、
演奏後に、拍手はしないでください
というメータ氏のコメントに続いて、
プログラムにはなかった『G線上のアリア』が
今回の震災の被害者、そして被災者にささげられました。
とても美しく、そして繊細な響き。
形のない、目には見えない『音楽』が宙を漂う。
多くの魂に安らぎを与えてくれるような演奏でした。

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そして、拍手を挟まずに、そのまま『第九』の演奏へ。
メータ氏はスコアを用意せずに、まさに全身全霊で、
しかしながら、極力感情を抑えるかのように、
音を紡いでいきました。
よく考えれば、ベートーヴェンの『第九』を生で聴くのは
意外にも、僕にとって初めての体験でした。
初めて『第九』を聴いたのは、
たぶん高校2年生の時だったかと思います。
お正月にNHK-FMで放送された、
小澤征爾さんと新日本フィルの共演。
確か、この東京文化会館でのライブ演奏でした。
それから28年。
まさかこういう状況で、その時と同じ会場で
第九を聴くことになるとは想像もしていなかったし、
でもここで、こういう貴重な演奏を聴くことができたのは、
ある意味で必然だったような気もします。
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N響はもちろん、特に東京オペラシンガーズの
圧倒的な『魂』のこもった合唱は素晴らしかった。
そして、4人のソリストも。
最後の1音が鳴り、
一瞬の余韻の感じた後に起こった、万雷の拍手。
いつものメータ氏の来日公演、
そして日本人が大好きな『第九』の演奏会といった
通常の雰囲気とは、明らかに違う空間が広がっていました。
『感動』ではなく、『感謝』の拍手。
出演者も含め、この日、ここに集った人々は、
きっと同じ想いを抱き、そして皆、心の傷を負っていたでしょう。
だからこそ、余計な抑揚を加えずに、
とても冷静で抑制の効いた『第九』であり、
この日、ここで演奏することの意味を伝えていました。
観客は、1階から5階席まで、
ほとんどの人がスタンディング・オベーション。
カーテンコールが何度あったかも分からないほど。
その拍手は、楽団員がステージを去った後も、
合唱団の最後の一人がステージから姿を消した後も鳴りやむことなく。
そして、誰もいなくなったステージに、
再びメータ氏が姿を見せました。
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このコンサートの本当の意義は、
単に収益を義援金として寄付するということではなく、
この日の演奏から『音楽』に一体何を感じたのか、
感じることができたのか、そしてそれをどう整理し、
理解していくのか、そこにあると思います。
だから、今回の演奏が素晴らしかった、
義援金に協力できた、それで終わってはいけない。
わざわざメータ氏が、この時期に来日した理由も、
その程度の小さなものではなかったであろうと考えています。
そしてメータ氏は、
日本人に大きな宿題を与えてくれたように感じました。
その宿題を考え続けることで、
このコンサートが何であったのか、
後に語れるようになるんだと思っています。
そして語らないといけないんだと受け止めています。
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終演後、出演者が直接ロビーに出てきて、
義援金を募っていました。

この日のチャリティー・コンサートの模様は、
一週間後の4/17(日)の『N響アワー』でその一部が、
そして4/24(日)にはBSプレミアム『特選オーケストラ・ライブ』で
全曲が放送されるそうです。
http://www.nhk.or.jp/nkyouhour/prg/2011-04-17.html
http://www.nhk.or.jp/classic/tokusen/
