久々に旧友と会いました。
中学からの長い付き合いですが、
最近では数ヶ月に一度会うくらいです。
たぶん。お互いおじいさんになって、
時間が出来たら、もっと頻繁に会うでしょう。

この前会った後に彼が作った作品を見せてもらったり、
その場
「この器に、この貝殻を魚を模したビーズを入れて…」
と、即興でディスプレイを作ってみたりとか、
おかわりの度に茶器も種類も変えて出されるお茶を楽しんだりしました。

そうこうするうちに、なんやかんやと3時間以上雑談してしまいました。
趣味人であり、博学である彼との会話は尽きることはありません。
不思議なのは長い付き合いでありながら、
思い出話をすることがないことです。
話の内容は自然科学から民俗学、芸術など
縦横無尽に飛びまくりでした。

で、ふと思いついたことを尋ねてみました。
「マヤとかアステカとか、英国のダーナの民とか、
古代文明って、なんで金製品が多く残っているんだろう?
そして、それだけの文明を持っているところ…
特にダーナの民なんて、なんでケルトに
あっさり滅ぼされちゃったんだろう?」

友人は、ちょっと残念そうな優しい笑顔を浮かべて
一息つくと答えました。
「テクノロジーの差だよ。
ダーナの民よりも、ケルトの方がハイテクだったのさ。」
「え?」
「そもそも金製品自体、あらゆる意味でローテクなんだ。
金は希少だけど、例えば砂金とか、原型採取可能なものだ。
そして融点も低いし、加工も容易だ。
さらに常温環境下で酸化などしないから長年月経過しても残りやすい。
一方、鉄はそうはいかないんだよ。
どうしても精製するための製錬の技術や設備が必要だ。
これは古代においてはハイテクだったんだよ。
ケルトは鉄の民だよね?」
なるほど…
「古代文明は、その建造物や自然の理に叶った生活など、
現代において過大評価されることが多いけど、
テクノロジーに関してはローテクなんだ。」
「自然の理に叶った生活と言うのは、
農耕による文明である必然だね。」
「そうだ。巨大な建造物を残しこそすれ、
基本的に第一時産業ベースの競争の無い共存社会だ。
一方、争いのある…競争をする…民は、より進化する。
鉄器の生産力だけではなく…」
「軍事…だな?」
「そうだ。」
そう、あらゆるテクノロジーの進化の影には、
戦争の存在は否定できません。
例えばコンピュータは、元々は弾道計算機として基本が生まれ、
インターネットだって元々は軍用の分散ネットワークです。
より高いテクノロジーを持った「争いを知る民」に、
ローテクの「争いを知らぬ民」は勝てません。

「それより問題は、あたかも金製品の存在を
凄いテクノロジーとして印象付けてしまうメディアだね。
確かに装飾品の加工技術は高いけれど、
根本のローテクな部分を言及しないから。」

友人の言葉に頷く私でした。