(注)…ひとつ後のブログ「そして火星には誰もいなくなった①」からの続きです。恐れ入りますが①の方を先に読んでください。

 

 

  《  Ⅲ.EPILOGUE 》

 

 

 着陸からちょうど一週間が経った日、地球のD社から微生物の存在が否定されたとの連絡が入り、先発隊の四人はようやく火星の土を踏むことができた。

 次の第二陣がやってくるのはこの二年あまり後、さらに地球と火星を往復できる装備をそなえたロケットの到着となると一体何年後の事になるやら分からない。その長い期間を、四人は、前もって無人で火星に送り込んであった居住ユニットで過ごす事になる。

 居住ユニットの中は小さな体育館ほどの広さがあって、この後もユニットは地球から次々と送り込まれてくる事になっているから、ユニット同士を気密性のある通路でつなげば、十年もすれば火星の表面にちょっとした集落ができる事になるだろう。

 

 宇宙服に身を包んだ四人が宇宙船のハッチを開けると目の前に広がるのは赤い平原。その向こうには、あらかじめ送り込まれていた居住ユニットが、目立ったトラブルもなしに着陸している様子が見て取れた。

 

 オサム氏の若い部下三人は喜び勇んでユニット目指し歩き出す。

 だが、オサム氏はふと振り返って立ち止まり、自分たちが宇宙空間を旅しながら九ヶ月の時を過ごした宇宙船…今となっては無用の存在となってしまった有人火星探査ロケットの勇姿を感慨深げに眺めていた。

 

 ずんぐりした円筒形のボディの上にタマネギ型の先端部を戴くその姿は、どこかインドの仏教寺院を思わせる。そしてオサム氏はといえば、特定の信仰こそ持たないものの、神社やお寺の前を通ったときには決まって本殿に向け手を合わせるという神仏を敬う心の持ち主であった。

 

 (これからの火星での生活には、きっと辛いことや苦しいことがたくさん待ち受けている事だろう。そんなとき何かに向かって祈りたくなったら、私はこの宇宙船を礼拝堂に見立て、ここで祈ることにしよう)

 

 そこでオサム氏は、立ち去る前にこの宇宙船=礼拝堂を一週間前に妻に向けて送った和歌の作者、慈円(じえん)の名にちなんで「慈円堂」と名付け、ボディの一部にその名を刻み込んでおくことにした。

 

  ※    ※

 

 さて、さらに三ヶ月の時が経ち、(即ち火星上の日数で三ヶ月弱の時が過ぎて)隊員たちが火星での生活にもすっかり馴染んだある日の事、これは居住ユニットの片隅でのオサム氏と部下との会話である…

 

 (部下)「部長、部長はいつか奥様も火星に呼び寄せられるお積もりなんですか

 

 (オサム氏)「いや、それはないと思う。妻は宇宙酔いするからと言って宇宙船に乗るのをいやがっていたからね」

 

 (部下)「えっ、でも、それじゃ部長が地球にお帰りになるまで会えないから、再会は何十年も先ってことになりますよね。それだと、あの…浮気とか…ご心配じゃないですか

 

 (オサム氏)「アハハハハ、馬鹿を言うんじゃないよ。私たち夫婦のお互いの気持ちは、万葉集の歌で例えれば『常人の、恋ふといふよりは余りにて、我は死ぬべくなりにたらず』さ。私たち夫婦はカーボンナノチューブみたいな強い愛情で結ばれているんだ。浮気については絶対にないと断言できるね

 

 


 

 

 だが……部下にはそう言ったものの、オサム氏はその夜から眠れなくなってしまった。

 

 (妻が浮気…そんなバカな…でもひょっとして…いやいや、ありえない

 

 そしてある明け方の事、眠れぬ夜を過ごしたオサム氏は、気が付くと宇宙服を着込んで、彼が「慈円堂」と名付けたあの宇宙船=礼拝堂の前までやってきていた。

 

 空に目を向ければ、夜明けが近いため火星の東の空はわずかに白み始めており、山の端より少し高いところで、ひときわ明るい星=地球が、傍らに月を従え青く輝いている。

 

 オサム氏の心にふと浮かんだのは寂然法師の歌…

 

 

 『わかれにし、その面影のこひしきに、夢にもみえよ山の端の月』

 

 

 (ああ、あそこにマドカさんがいるんだ…愛しいマドカさんがあの青い星の上で、今、この時もきっと私の帰りを待ってくれている……はず。なのに、そのマドカさんが浮気だなんて

 

 オサム氏はいてもたっても居られなくなって、その場にひざまずき、気密ヘルメットをつけているのも構わず、声に出して祈った。

 

 「ああ、神様、どうか妻が…マドカさんが浮気などする事がありませんように…」

 

 

 

 と、突然、

 

 

 

 ボンッ

 

 

 煙とともに現れたのは、宇宙服も着ないで白い衣を一枚まとっただけの髭面の老人…いや、その頭上に光輪を戴いているところを見れば、どうやらこの老人は何と神様(

 

 でも、どうして神様がここに

 

 いやいや、神様は神出鬼没であるが故に神様なのであって、この宇宙においてひとたび祈りの声を聞けば、何をさしおいても駆けつけなければならないと云う国際救助隊のようなポジションのお方。それでも地球においては、自らの神秘性を高める必要から、極力、姿を見られないよう努めておられるのだが、人口がたったの四人というこの火星では神様もついつい気が緩んでしまったという事らしい。

 

 呆気に取られ立ち尽くしているオサム氏を前に、神様が言う。

 

 「おやおや、これはまた随分と軽々しく姿を現してしまったわい。ま、それもよかろう。すべてはワシの…神の思し召しじゃ。ところで、のう、お主(ぬし)、実は神様界においては、神の姿を見た者に対しては、サービス特典としてひとつだけ願いを叶えてやってもよいという取り決めが成されておるのじゃが…ほれ、もし何か願い事があるなら言ってみなされ。天地を統べ治めるこのワシが、どんな願いでも叶えて進ぜようぞ」

 

 聞いて、オサム氏は飛び上がらんばかりの喜びよう。

 

 「ほ、本当ですかそれじゃ、神様、どうか地球にいるマドカさんが、この先も、未来永劫、絶対に浮気心など抱くことがないようにしてください、お願いしますっ

 

 さてさて困った…なぜなら神様は全知全能であられるがゆえに、オサム氏が旅立って以後の、地球でのマドカさんの『お盛んな行状』をもしっかりと把握しておられる。

 

 「う~む、その願いは、今となっては最早手遅れかも…」

 

 「エエッかっ、神様…ってことは、マドカさんはもうすでに浮気してしまっていると!?ハッ、何てこったい。こん畜生、もうこの世の男なんか皆、ひとり残らず消え失せちまえ

 

 声を荒らげ、叫ぶオサム氏。

 

 すると…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 そう、お察しの通りである。オサム氏の口からその言葉が発せられた瞬間に、2000万キロ離れた地球では人口がほぼ半分に減少した。

 

 


 

 

 当然、マドカさんの若い恋人=律くんも消滅し、火星にいるオサム氏の部下たちも消えた。

 

 


 

 

 願いを叫んだ当のオサム氏も神様の目前に跡形もなく消え去り、仕事を終えられた神様はため息をひとつ漏らされると、夜明けの薄明の中にその神々しいお姿をお隠しになった。

 

 そして……誰もいなくなった火星の大地のその場所には、ボディに「慈円堂」と刻まれた宇宙船=礼拝堂だけが、昇り始めた陽の光に照らされ静かに佇んでいたのだった…

 

 

 

 


 

 

 

 ※    ※

 

 

 

 


 

 

 

 さて、読者のみなさん、ここまでの読書、どうもお疲れさまでした。無駄に長かった物語も、このシーンに行きついたところでやっと終わりを迎えることができそうです。

 

 


 

 

 ええ、ここで終わるしかありません…

 

 


 

 

 そう、何が何でも、ここで終わらせなければならないのです

 

 


 

 

 なぜなら、

 

 その最後のシーンに立っていた礼拝堂の名は「慈円堂(じえんど~)」…

 

 即ち、

 

 


 

 

 

 

 

  ……ジ・エンド(THE END)だから!!!

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 (終わり)

 

 

 

 

火星の大地

 

 

 

《あとがき》

 

 

 読んでくださってありがとうございました

 

 くっそ長くてごめんなさいm(__)mお疲れ様でした!

 

 本文にもあるとおりクイズの答えは「パイ」でした。

 

 一応、裏ヒントもありまして、お話に登場する三人の人物の名は「マドカ(円)さん」、「修さん」、「律くん」…三人の名前の漢字を並べると「円修律」…「えんしゅうりつ」…「円周率」となります。

 さらに、お話の最初は「あさ、スズメがチュンチュン…」と始まりますが「あさ、スズメ」を漢字にして…「麻雀(マージャン)」…なんてのもあったりしました。アハハ、相変わらず全然ヒントになってないですね、ごめんなさい

 

 ところで、作中には和歌がいくつも登場しますが、和歌に詳しい方の目には、「その歌をここで使うのはちょっと違うんじゃない」という風に映るものがあったかもしれません、どうかお目こぼしを…

 あと、作中に出てくる「レプリケータ」に関しては、これはもういろんな意味でツッコミどころ満載だと思います。ハードSFというわけではないのでお許しください。

 地球と火星の距離や位置関係については、一応、修さんたちを乗せた宇宙船が2022月頃に地球を出発し、ホーマン軌道に乗って2023月頃に火星に着いた、という想定で書きました(火星までの距離を表す数値が前半とエピローグで違っているのは、その間に三ヶ月の時が経過しているためです)。こちらもおかしいところが多々あるかもしれません、ご指摘いただければ幸いです。。

 

 最後にのどかさん、今回も魅力的なお題をありがとうございました。「和歌」というのは私には余りにも縁のない分野でしたけれど、何か書きたいなと思って和歌の本を買ってきてパラパラ見ているうちに、自然とあれこれアイデアが浮かんできて何とか完成することができました。お陰で和歌にもちょっとだけ詳しくなれたし、今年も創作三昧のGWでした。企画の趣旨から大分と脇道に逸れた作品ですみません(^_^;)本人自身は書いていてとっても楽しかったですありがとうございました!!!

 

 ではまた

 

 マルティン☆ティモリ

 


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